日米安保によって守られ繁栄してきた戦後日本
日米政府は混迷していた米軍普天間飛行場の移設問題で、新たな海上施設の検討に入ったことを明らかにした。自衛隊も共同使用するもので、これを機に一段と自衛隊の役割は高まる。
さて、昨日からお伝えしているこの沖縄と米軍基地の問題であるが、本土復帰30年となった沖縄では「米軍基地がある限り戦後は終わらない。』と言った声も多数だ。しかし、緊迫する東アジア情勢を見た場合、沖縄こそは本土を防衛するにあたり、その戦略的価値は計り知れない。
この問題に頬かむりをして日本の防衛など考えられないし、ましてや私が提唱する『日米共同覇権構想』も、日米安保と沖縄の基地があって始めて成り立つものである。しかし、当の沖縄に於いては「自分達はこれまで犠牲になってきた。」という考えはあっても、「積極的に貢献してきた。」という考えは少数だ。
これは左翼が主導してきた米軍基地返還闘争によって、沖縄には特殊な心情が形成されてしまっているからだ。このような心情を放置したままでは、いくら沖縄が地理的に共産中国からの侵略の最前線に立っているとしても、それを跳ね返す気概は生まれてはこない。
戦争とは近代的な兵器がその勝敗を決定づけると考えられがちだが、それとは別に<国を守るという気概>が最も大切である。それにはしっかりとした日頃からの国家観なり民族として意識が重要である。
にも関わらずこれまで、日本政府はその点をなおざりにしてきた。今般の選挙においても、その辺りをどれほど訴えていたのか疑問に思う。民主党がまるで沖縄は日本政府の主権から離れても良いというようなマニフェストを出していた以上、この事については徹底的な批判が加えられて当然だった。
現在日本にある米軍基地は、米国が領土の侵略を目的として在るものではない。日本の敗戦という厳然たる事実は確かにあるが、それは日本と極東の平和と安全、共産主義国家(旧ソ連・中共・北朝鮮)からの日本の防衛を保障した日米安保条約の締結によって米軍に提供されたものである。
この認識が先ず第一であらねばならない。左翼や一部の新保守派は米軍によって侵略・占領されていると考える。そのような日本敗戦からの継続体制と見る限り、基地問題の正しい理解には程遠いものがある。
今更言うまでもないが、この安保条約とは片肺で米軍は日本の防衛に義務は負うが、日本は米国の防衛には義務を負わない。ただし、日本は日本を米軍が防衛するための必要な基地を提供することを条件として受け入れている。
これは発足当時の国力の差や諸般の事情を考えれば止む得ないものがあった。日本が基地を提供し、米軍は多額の軍費と米国人の生命をかけて相応してきた。この結果として日本の独立と繁栄が守られてきた事実を忘れてはならない。
よって、日米安保体制がある限り、基地問題とは戦争によって失った領土の失地回復の闘いではないし、またあってはならなかった。したがってそれは民族解放の闘いでも国家間の紛争でもなかった。
しかし、左翼はそのように見せかけることによって、日本人のナショナリズムをくすぐり、自らの勢力拡大に利用してきた。基地周辺の住民や沖縄の人達は「日本政府と米軍」ともう一つ「左翼反日勢力」によって二重に苦しめられてきたのである。
我々は国家の最大にして最高の至高である、「国土防衛」の最前線に立って戦ってこられた沖縄県民に心からの尊敬の念を表したい。と同時に沖縄の人達には誇りを持って頂きたいと願うものです。
基地とは日本国民の宝であり、それに関わる全ての人には等しく名誉が与えられなければならない。基地に関わる社会生活の不便さや環境問題については、国家は全責任を持たなければいけない。心からの対策、保護・補償は当然であり、手厚い財政的支援も当然であろう。
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