2005年08月13日

極右とは何か〜 懐かしの2ちゃんねる大論争 (14)

822f7466.jpg
 「日本国と天皇 」 その��
 
>三郎さんへ
 
21世紀になっても国民が尊敬できる天皇制を維持していくためには、何といっても若い世代の理解を得ることが必要です。
それには行き過ぎた皇国史観や歴史の歪曲はやはり改めなければなりません。
まず、天皇ありきの話は考え直さねばなりません。
かって天皇がいて日本人はすべて天皇家から分かれて出来たなどと言う方もおります。
遠い太古に皇室の祖先がおられ、そこから全てが始まったという議論は乱暴そのものです。
日本には実に様々な人々が生活しており、それらをまとめたリーダーが天皇家であったと思います。
天皇家とは全く別個な権威を持った共同体や集落があった事実から眼をそらす事は出来ません。
しかし、永い年月の中で天皇を政治の最高の権威とする体制が作られてきた事実を認めるべきです。
この私が認めるべきと言っているのは、天皇家によって征服されたとか、滅ぼされたというだけの意味ではありません。
あくまでも永い年月の中でそのように落ち着いて行ったという事実を認めるべきと言っています。
つまり、何を言いたいかといえば、アイヌ民族や琉球王国にしても、その存在を否定することは出来ません。しかし、彼らも日本という国家に永い年月をかけて同化して行った事実がある以上、それを率直に受け入れ認めるべきとの主張です。
 
>イワンさんへ
>象徴天皇についてどう思われますか?
 
なぜ、天皇を象徴的な存在としたのか?これは日本の敗戦と関係することですが、象徴的存在としたことが権威の喪失に繋がっていると思います。
 
>はやり天皇を中心とする国家の建設を目指すということですか?
 
天皇の権威を保ちながら、新国家創造運動の先頭に立ちたいということです。しかし、これは天皇を錦の御旗にするようなものとは違います。そのようなことは時代錯誤も甚だしいものです。
 
しからば、なぜ天皇にこだわるのか?と訊かれれば。それはやはり日本の変革運動にとって天皇不在のナショナリズムは考えられないからです。
ナショナリズムの高揚がなければ失敗します、その時に天皇の権威は不可欠となります。
 
>しかし、瀬戸さん、政治的な存在としての「天皇」はやっかいではありませんか。少なくても民主主義国家を自認する現代の日本において、やっぱりおかしいと思うのですが。
 
この質問に対する答えは<続き>をご覧下さい。
 
ブログランキング参加中   ←<極右>を応援してください。
 

「象徴天皇制」はその権威が権力者から利用されないような仕掛けになっている点で悪くない」
これは昨年12月の『諸君』に掲載された大塚英志さんの言葉です。
これは権力から完全に分断された今日の天皇制を肯定する主張ですが、私は余りこの主張には同意できません。
なぜなら、先程も記述したように、ナショナリズムの運動には天皇の存在は必要不可欠だからです。

ナショナリズムの再構築が天皇の存在が全くなしでできるでしょうか。
確かにもう<御輿>にはなりえないという意見もあります。しかし、それに代わりゆるものが見当たらないのも事実です。
福田和也氏の言うような「天皇なしのナショナリズム」が私には見えてこないのです。
いずれにしても、このままではこの点は曖昧なままに時代は流れていくような気がします。しかし、来るべき社会に必ずやそれ相応の出番がやって来るでしょう。

>三郎さんへ

ナショナリストにとって、現在の天皇とどう向き合うのか?
それは今結論をだすような問題ではなく、これからの動向によって変ってくるでしょう。
ある勢力が「天皇」抜きのナショナリズム運動に成功するかもしれません。
しかし、私は天皇抜きの運動は擬似ナショナリズム運動であると考えます。
これからの日本にナショナリズムが抬頭してくるのは間違いありません。
それをどのような勢力が組織して大衆運動に結びつけることができるのか。
我々もその一角に加わり、せめて議会に一議席だけでも占めてみたい。
極右を名乗る政党が一議席でも得たら、それだけで国内外は大騒ぎとなるでしょう。
その日を夢見て頑張るだけです。

Posted by the_radical_right at 15:00│ mixiチェック │極右2ちゃんねる論争 
この記事へのコメント
続きです。

>僕は極右政党の誕生より民社党に近い思想の政党の誕生を望んでいます。それで僕は安倍晋三氏より西村眞悟氏のほうが好きなんです。

私が政治活動を始めた20年以上前、右翼は誰でも知っていましたが、極右という存在はほとんど理解されるものではありませんでした。

どちらかといえば、西欧のネオファシズムやネオナチズムを指す言葉でした。
民社党の初代委員長であった西尾末広氏は、ムッソリーニやヒトラーを高く評価した政治家でした。

国家社会主義は「異端の右翼」と呼ばれてきましたが、彼らは戦後日本社会党の結成に参加しました。その後社会党はマルクス主義の左派と日本的社会主義の右派(民社党)に分裂しました。
西村眞吾先生も民社党の系譜の方であり、私は極右の政治家と思っています。
Posted by 瀬戸弘幸 at 2005年08月14日 19:14
>蔵信芳樹 さんへ

象徴天皇は占領憲法の残滓ですから、改正憲法の中ではっきり国家元首と銘記すべきです。権限については国民の議論に任せたら良いと思います。

皇室からみたら極右はありがた迷惑とのことですが、これは現時点においてはそのような考えもあるかも知れません。
また、右翼と極右との違いという事についても、いずれはっきり説明させて頂きたいと思います。

Posted by 瀬戸弘幸 at 2005年08月14日 19:01
天皇を国家元首に規定しても、何の権限も与えないのならば、現在の象徴天皇と同じではないのですか?

もう一点、天皇は国家社会主義者ではないと思います。ですから皇室からしてみれば極右というのはありがた迷惑な存在かもしれません。

天皇なしのナショナリズムについてですが、それは十分ありえます。フランスがそうです。フランス人は明らかに民族主義者ですが、全体主義でも社会主義でもありません。

ただし僕はフランス風のナショナリズムはあまり好きではないですね…。

僕は極右政党の誕生より民社党に近い思想の政党の誕生を望んでいます。それで僕は安倍晋三氏より西村眞悟氏のほうが好きなんです。
Posted by 蔵信芳樹 at 2005年08月13日 21:42