教科書問題での近隣諸国の内政干渉を許すな
扶桑社の歴史教科書が栃木県大田原市で、地方自治体としては初めて採択された。
日本の教科書の殆どが反日思想を持つ、書き手や会社によって作られてきた。
このような現状に危機感をもった有識者が「新しい歴史教科書」をつくる会」を結成、ようやくここまで来たということで、これまでのご苦労が報いられたものと思う。
この市町村区で初となった採択に対して、早速隣国の韓国や共産中国から批判の声があがり、これを後押しするかのように朝日新聞などの半日マスコミが騒ぎ出した。
これは明らかに“内政干渉”であり、絶対に許させない。
このところ、町村外務大臣の一本筋の通った外交姿勢に感服していた。
今回も断固抗議して欲しい。
町村文科省大臣の時に教科書正常化への
戦いの火ぶたが切られた。
さて、町村氏が文科省大臣の時に、外務官僚の検定介入を阻止し、教科書正常化への第一歩を踏み出した。
この平成12年秋頃から私は「教育・施設レポート」というミニコミ紙を発刊、この町村大臣やそれを応援した「日本の前途と歴史教科書を考える会」の活動を伝えてきた。
この時の文科省改革の運動が、それからの日本教科書の正常化に大きな役割を果たした。
当時、教科書を検定する教科用図書検定調査審議会の委員に外務省からの推薦でメンバーが選ばれていた。
なぜ、文科省の審議会に部外者の外務省の官僚が加わっていたかと言えば、教科書問題で常に韓国や共産中国からイチャモンが相次ぎ、政府は外務省の意見を聴き、それを教科書に反映させると内外に公表してしまった。
いや、そうせざる得ない状況に追い込まれて行ったとする方が正しいだろう。
ここから(昭和57年8月頃)外務省の歴史教科書にたいする攻撃が行なわれ、歴史教科書は捩じ曲げられていった。
朝日新聞が教科書の記述で「侵略」を「進出」と書き換えさせたと意図的な誤報記事を載せたその翌月であった。
