2024年12月22日

最悪の日米関係

最悪の日米関係

を救ったのは

故安倍総理の妻



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今朝の産経新聞の一面トップ記事はこの話題でした、トランプ大統

領が石破と会うことを決めたのは故安倍総理の妻安倍昭恵さんとの

の会話であり二人の思い出話の時でした、この時にトランプ大統領

は就任式前に石破と会う意向を表明した

自らの写真集に英語でサインをして、
安倍昭恵さんに手渡した

最悪の日米関係はこれで救われた、石破は、故安倍総理の妻安倍昭

恵さんにこれまでの無礼の数々を詫びるべきだ、特に故安倍氏を

国賊発言した人物を閣僚にしたことなどを率直に認め謝罪すべきだ

トランプ氏は全て知ったうえでこのシナリオを描いたのかも知れま

せん、意外にも私のことも知っているかも、米日大使が来たら

手紙でも書いてみるか(笑い)

トランプ大統領「訪日歓迎」パレード! IN歌舞伎座・

東銀座方面2017/10/29" を YouTube で見る

受信トレイ

はとらずチャンネル

16:26 (2 時間前)
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2024年12月21日

自公政権・国民民主

自公政権・国民民主交渉決裂

相手は維新が変わるか?

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「123万円」の壁などという議論で自民・公明党と国民民主の

交渉は決列した、変わって維新が次の交渉相手になるのではという

噂ではあるが、ささやかれている、学校無償化を掲げる維新の施策

をが丸呑みするからだというようだ、しかしこれはまだ

決まったわけではないようだ、自分としてはサラリーマンでもな

く、子供もいない高齢者であるので、正直余り興味もなく、申し訳

ないがこの問題で書くのは初めてになる、しかし政党間でこれほど

迷走が続くとは思わなかった、これからもそうなるのでしょう、

福島に住む私としては福島1区・2区・3区と昨日は仕事で桑一真

さんの運転で動いた、そこで感じたことがあります、

もう落選してただの人になった亀岡よしたみ氏のポスターがまだ

無残にもそのままで放置されていた、片付けもしないのでしょ

う、風も強く吹き飛ばされるままになっていた、

また自民党のポスターを始めてみた、あの石破の顔

が写るものだ、思わず驚愕した、まだ辞めないで続ける気なのだ

嫌いだと思うから、そのような目で見るからか?

まともな顔ではない、ひねくれた性格丸出しにしかみえない

まあ〜笑顔ではあるが(笑い)

公明党のポスターは辞任した石井氏の顔のままだし、共産党の

ポスターは何故かない、新しい党首のポスターはまだ政策

していないのか?

いずれにしても共産、創価公明、自民党は負けて大きく議席を

減らすのは間違いない。
  
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2024年12月20日

読売新聞渡辺恒雄死去

読売新聞渡辺恒雄死去

亡くなった人の

悪口を言うものではないが


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昨日読売新聞社の渡辺恒雄氏がお亡くなりになりました、私はこの

方と同じ読売新聞主出身の恩師三田和夫先生を書いたことがあり

少し長いが前文紹介します 2006年2月の記事です

渡辺恒夫「読売新聞社」と三田和夫「正論新聞社」

 昨日、投稿した読売新聞社会長・渡辺恒夫氏の英霊を冒涜した発言は、本当に許せないもので、何故あのような発言をするのか?その真意を聞いてみたいものだ。こう書くと渡辺氏がそのように以前から思ってきたことを、素直にその心情を吐露したのではないか、との指摘も出るでしょう。

 もし、そうであるなら、私は渡辺氏の人間としてのこれまでの人生について問いたい。渡辺氏は戦後右翼のフィクサーと云われた故児玉誉士夫氏や中曽根康弘元首相らとの親密交際を重ねて、読売新聞社の会長の座にまで上りつめた御仁である。

 児玉誉士夫や中曽根康弘両氏との交遊において、もし渡辺氏がそのような考えを心の中に持ちながらいたとすれば、それは自らの心を偽りながら媚びていたとしか思われない。

 もし、そうだとすれば自らの出世と保身のために政治家や右翼を利用してのし上がって来た者が、今になって「日本の右翼は…」云々は、片腹痛い。まさに滑稽そのもので笑止千万と言わねばならない。

 今日は同じ読売新聞社出身ながら、権力に頑固なまでに背を向け、記者魂を最後まで忘れなかった愛国者・故三田和夫先生の話を書いてみたい。この三田和夫先生の名前を知る人は世間ではあまりいないだろう。

 しかし、ジャーナリズムの世界では三田先生を知らない人はモグリと言われたほどの大物であり、三田先生が主筆を務めた『正論新聞』は政財界の御偉方にとっては、とても怖い存在だった。

 ネットで検索すると、まだ生前、お書きになっていた文章が残っていました。

「80歳の現役記者!」が独自の観点で世相を衝く!

 この中に経歴が紹介されています。

大正10年6月11日、盛岡市に生まれる。
府立五中を経て、昭和18年日大芸術科を卒業。
読売新聞社入社。同年11月から昭和22年11月まで兵役のため休職。
その間、2年間に及ぶシベリアでの強制労働を体験。
復員後、読売新聞社会部に復職。
法務省、国会、警視庁、通産・農林省の各記者クラブ詰めを経て最高裁司法記者クラブのキャップとなる。
昭和33年、横井英樹殺害未遂事件を社会部司法記者クラブ詰め主任として取材しながら、
大スクープの仕掛け人として失敗。犯人隠避容疑で逮捕され退社。
昭和42年、元旦号をもって正論新聞を創刊。
昭和44年、株式会社「正論新聞社」を設立。
田中角栄、小佐野賢治、児玉誉士夫、河井検事など一連のキャンペーンを展開。現在に至る。

 渡辺恒夫氏のような戦争体験もほとんどなかった人間とは違う。シベリア抑留も経験して共産主義の恐ろしさを身に染みて経験していた人でした。また、政財界のフィクサーの田中、小佐野は勿論、右翼や検察にも挑戦した稀代のジャーナリストだった。

 私が先生とお会いしたのは、私がまだ27歳の時でした。公務員生活をやめ、新聞記者として生活を立てようとしていた当時の私に、「超一級の事件記者がいるから紹介してやる」と当時、福島民友新聞社(親会社が読売新聞社)の社員に連れられ東京でお会いしたのが最初であった。

 私は三田先生から新聞の書き方、作り方を教えられ、地元福島に戻ってミニコミ紙の発行を始めました。その後、東北の中心地・仙台、そして東京へと舞台を移しながら記者として生活をしてきました。

 私は三田先生の持つ強烈な個性を自分では受け継いできたつもりです。「言論報国・破邪顕正」の精神です。「事件記者」として活躍したい―、それが自分の夢でもあったのです。

 三田先生は3年ほど前に亡くなられました。ある雑誌は「告別式もなく悪名だけを残した」と書きましたが、それこそ先生の本望だったでしょう。権力には絶対に媚びることなく、自分の信念を貫き通した、その素晴らしい人生に私は今でも感動を覚えます。

 同じ読売新聞社の記者として二人の人生は余りにも違い過ぎる。しかし、三田先生は読売新聞社の外にあっても、読売を愛し続けていた。人生の明暗はどこにその尺度があるのか、私などには分からない。

 しかし、私は死の直前まで記者魂を捨てなかった三田先生を心から慕ってきた。いつもジャーナリスト達が集まる『無名会』で、挨拶すると「元気か!」と声をかけてくれました。

 今日は全く私的な文章になってしまいました。読売新聞社の渡辺会長の発言に憤りを感じましたが、また自分に目をかけてくれた読売新聞社が生んだ「偉大な鬼才」を皆様方にも知って欲しいと思い書きました。

 最後に三田先生の生前の文章から次のような言葉を見つけました。ご紹介しておきます。

天皇陛下のために生命を捧げて神国日本を護ろうといったことも、つい先ごろのようでもあり、もうずいぶんと昔のことのようでもある。 三田和夫

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さて、コメントにも紹介しておきます

愛読者さんへ
ありがとう御座います。
三田先生からは文章の書き方というよりは、それ以上大事な取材の仕方、それから調査方法などを学びました。商号謄本、登記簿謄本、有価証券報告書 不動産会社の決算書の閲覧など、およそ申請だけで見て取れる文書は全ておそわりました。
それから新聞のレアウト、これも大切です。ヨコ見出し、タテ見出し、囲み記事、写真の配置などです。本文を読まなくとも、それだけで読者が分かるような新聞をつくることが大切だと教えられたものです。


以上、私は自分の自叙伝を書くにあたりブラックジャーナルと

書くつもりです、しかし書いた人物から金を取ったことはない

ではどうして、生きて来たのか、攻撃したい人物がいたとします

、そのほとんどが政敵などですが、その人物から金をもらいまし

た、私はそれを「攻撃ジャーナリズム」と自分ではいいました

三田先生から教えてもらった言葉があります、多くの読者などは

知らなくてもよい、攻撃をされる側が判ればそれでよい、

簡単で良い、美辞麗句は必要ない

横タイトル、立てタイトル、囲み記事、大きな写真

つまりそれだけでよいと言われた、私の同じく恩師の岩崎定さんが

書かれたこともあったが、その岩崎先生ともその後仲直りして無名

会久しぶりにお会いした時に、私が挨拶したら、(おお〜瀬戸君と

よばれ、頑張っているか、と声をかけられたのを今でも忘れられない

※ 三田先生は松本清張より盗作されたとも言っていました。
  
Posted by the_radical_right at 06:12 │ mixiチェック

2024年12月19日

野党第一は国民民主党

野党第一は国民民主党

ついに立憲民主党を抜く


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各既存マスコミマスコミの世論調査ではついに立憲民主党を上回る

結果となった国民民主党、これからが正念場です、来年夏の参院選

挙は当然としても同日に衆院解散も視野にいれて、準備すべきです

三倍増は当然のこと、野党の大連立政権もあり得る、特に自民党は

自公政権では大幅に議席を減らすでしょう、国会でも公明党は


夫婦別姓を政府に求める質問をしていました、石破はそれに反対

するどころか、両性の婚約、結婚を認める勢いです、これは憲法

禁止すべきです、ホモ同士やレズでは子はできない、大事世界大戦

で敗れたドイツではナチスが取った政策が次のようなものでした

 別れたがっている夫婦には離婚が容易にできることにした

 仲の悪い夫婦には子供ができない、勿論それだけではない、子供

3人以上産む家族には最初お金を出し、それを返さなくても良い

とした、日本でもそれくらいの政策をしないと少子化対策にもなら

ない、最初に出した金額は忘れたが、相当巨額な資金でした

さて、横道にそれたが、自公政権は本当につぶれます、国民民主党

が言っている事は正論で支持率が伸びるのは当然です、日本人

は反官びいきがあり、余計財務省の言いなりなっているとますます

自民党は悪者となり、議席は減らす、立憲民主党も批判ばかりで

政策がゼロで国民はもう呆れて入る

連合もかつての総総評と同盟に別れた方が良いでしょう、

自民党が公明党を切り、連合が国民民主党に支援を一本化すべき

だ、不満な人は連合から出ていけば良い、これで本来の政権可能な

二大せ党時代の到来となる、それが本当に小選挙区の狙いの筈

だったのではないか、多くの政党の大連立でも良い、ただし共産党

公明党排除でやって欲しい








  
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2024年12月18日

原発の積極的活用

原発の積極的活用

歓迎するが問題も


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政府の新たなるエネルギー計画が産業省から公表された、原発の推

進です

これは当然で我々は歓迎するが左翼は反対するでしょう、しかし問

題もある、同時に再生エネルギー導入も公表された


特に再生エネルギーは天候に不安んが残るとしても、これも認め

る、とした、つまり自然破壊が進むことにもなる、それにお墨付き

を与えてしまったつまり左翼が喜びそうな案となりその割合も4割

から5割と設定された、この天候にされやすい再生エネルギー導入

地熱、水力もあるが、問題なのはソーラーパネルです、共産チャ

イナのからの輸入を続けて日本の山林を破壊を続けていくのか

これではお話にならない、西欧では2千30年までにパネル廃止を

きめている、

思想的話になるが、ナチスは森林に聖なる神がいるとして自然保護

を説いた、日本の神、神社も山に多い、つまり自然を大事にして来

た、まさに伊勢神宮もそうです

私もその精神で吾妻山の自然と清らかな水を守る為に、カナディア

ンソーラーと戦い続けてきた、右翼時代の街宣車のスローガン


は他の団体のように、日教組打倒ではなく

野鳥と緑の山林を守れ!でした

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Posted by the_radical_right at 07:43 │ mixiチェック