歴史上成功した唯一の政策
政府は少子化対策として子育て世代に包括的支援を考えているとしている。
人口増加の為には3人の子供を作らなければなりません。支援すると言っても本当にできるのか?
ナチスは一組の夫婦5千万貸して、3人産んだ場合はそれを返す必要がないと決めた。※金額については定かではない。
しかし、こうなると絶対に子供を3名産むひとが現れる、2人でも増加はしないが減少は食い止められる。
他にもそれ以外の方法は他にもたくさん見られた。
2005年11月の12日の記事です
人口減少に歯止めをかけたその政策は画期的なものだった。
猪口邦子少子化男女共同参画担当大臣が6日、民放テレビに出演して、女性の労働率が高い国は出生率も高い、と表図を示して説明したが、この表図には説明の内容(労働率が高いと出生率も高い)と、合致しない国(トルコ、メキシコ)などは意図的に外されていたことが判明した。つまり改竄した表図を示して国民に対してデマを流したようなもので、今後このテレビにおける「女性の就業率と出生率は正比例」とのデマ放送に批判が起きるのは間違いない。
さて、私はかつて深刻化する一方の我が国の出生率を引きあげる案として、「ナチスに学ぶ少子化問題」という提案をHP で行なったことがある。それをこのブログでも紹介させていただこう。
この少子化問題について、未だに有効な方法は示されていない。猪口大臣は所得水準の低い国をあえて隠してまで、何を訴えたかったのか?残念ながら具体的提案はなかった。保育所の増設や育児休暇の延長などの小手先の対策をいくら講じても解決されない。
余り知られていないが、戦前ドイツで政権を獲得したナチスは、世界史の中でも極めて稀な政策によって、人口の減少に歯止めをかけることが出来た政権だった。私はこのナチスの政策を取り入れるべきと訴える。この政策は猪口大臣の提唱とは全く逆である。「女性は家庭に!男性は職場へ!」がその基本理念であった。
1910年に出生率が30%を切り、1925年には20・7%、1933年には14・7%まで落ち込んだドイツでは、この人口減少は大きな社会的問題であった。ナチスはこの問題に先ず政権獲得と同時に取り組んだ。「ドイツ人は優秀で健康であらねばならない」とする人種政策は、民族的優位性を鼓舞することによって、人口を増加に転じさせたいとの願いが込められていた。
決して他民族を蔑視したり、排斥を目的としたものではなかった。人種学、遺伝学、医学などの専門家が集められ、この人口減小という難題に立ち向かった。そしてこの減少に歯止めをかけた歴史的に稀有な存在となった。
女性には結婚適齢期になると結婚準備金を貸し与える結婚奨励金制度を作り、女性が子供一人産むと四分の一が帳消しに、四人産めば丸々自分のものとなり返済する必要がなかった。実はこれは失業対策にも役立った。すなわち女性には職場から家庭へと目を向けさせたのである。
1938年7月には新しい婚姻法が施行された。画期的だったのは夫婦は3年以上別居していれば理由の如何を問わずに離婚が認められた。不仲の夫婦には子供など出来る訳がないので、早く離婚させ別人と結婚できた方が本人達のためでもあり、国家にも有益と判断したのである。
1935年には刑法175条が強化された。これは同性愛者を取り締まる法律で、当時のドイツには200万人からの同性愛者がいたが、警察長官のヒムラーは「同性愛者の行いは常に私的な行為で、自分たちには構わないで欲しいというが、ことは個人の問題ではない。民族の生死にかかわる問題であり、このまま続けば出生率が低下し続け、ドイツは50年後には列強としての力を失ってしまう」と述べ断固とした取締りを開始した。また、この年多子家庭には租税減免制度が導入された。
ナチス政権獲得前の1925年のドイツの人口比率はキノコ型の人口図で余りにも現在の日本に似ている。ナチズムが登場した時代は戦地に赴いた男性に代わって女性が職場に進出して定着していた。またそれまでの規範や価値観が喪失し、敗戦の挫折から国民の多くが無力感の中にいた。
そのような時代、ナチスは「女性は家庭を守ることに専念せよ!」と訴えて女性から大きな支持を受けた。ナチスの熱烈な支持者は「ドイツ・ウーマン」と名付けられた。
猪口大臣に「日本の女性は家庭に帰れ!子供を産め増やせ!」と呼びかけてはどうか。姑息な手段で解決できるほど、この問題は簡単ではない筈だ。
ブログランキング ←応援よろしく!
今回3千冊のヒトラー関連の蔵書を売ることにしました。もう勉強もできないし、眼が悪いので読めない。
貴重な本ばかりで「わが闘争」は日本で戦前に発行された本もある。今度写真で紹介します。
ヤフーで検索したら2万円をくだらない本もたくさんあります。平均でも2千円で売れる。時間をかければ多少のおこずかいにはなる。

