【明日!】 男組はこのクソヘイト街宣を潰しに行きます!有田芳生にお年玉街宣!日時:1月5日(日)13:00‐ 場所:東武東上線・大山駅北口主催:瀬戸弘幸呼びかけ:男組/C.R.A.C. #1月5日大山で瀬戸弘幸に説教
<活動報告>有田芳生批判演説と妨害行為��
昨日板橋区大山駅北口で行なった参院議員・有田芳生に対する批判演説は冒頭からしばき隊&男組の激しい罵声が飛び交う騒然とした中で始まった。
まさに激動の2014年の幕開けを象徴するかのようでした。彼らのこのような妨害行為は既にツイッターなどで宣言されていた。昨年までであれば嫌な思いをして帰り道を尾行されたり、映像をネットで晒されたりするので、参加者が躊躇して集まらなかった。
しかし、今回は勇気ある60名からの人が参加してくれた。中には子供連れのお母さんや若い女性、そしてアベックの姿もありました。
皆さんが、このような妨害行為には絶対に屈してはならない。そのような固い決意でこの場に臨まれたと思います。参加して頂いた皆さん本当にありがとうございました。感謝申し上げます。
今年はこのしばき隊の妨害によって行動する保守運動の真価が問われると思います。もう既に参加者はご存知のように、彼らが暴力でつぶしにくる街宣やデモと彼らが全く姿を現さないデモに二分されています。
しばき隊&男組はそうした作戦によって行動する保守運動の分断を昨年から図ってきた。現に私の呼びかけるデモに対して「しばき隊がくるから止めた方が良い」などとの工作が、信じられないことにこれまで仲間と思っていた人物から言われたという人の話を聞いた。
しばき隊が暴力でつぶしに来るデモや街宣は関東では桜井誠会長・鈴木信行代表、そして私瀬戸と私を慕う若者が主催するデモや街宣らしい。それだけ彼らに取っては我々の行動が脅威に映るのでしょう。※他にも日侵会や川崎デモにも妨害がるので挙げた人以外も妨害を受けています。
敵対勢力から妨害を受けるような街宣やデモは本物と思うので、今後も胸を張ってこのような妨害勢力が現れる街宣やデモの開催に力を注ぎたい。
余りにも妨害行為が酷く訴えようとしたことの半分以上も話が出来なかったので後日ブログ記事の中で書いて行きたいと思う。有田芳生(よしふ)の名前は共産主義の熱心な信奉者の両親がヨシフ・スターリンの名から取って命名したとされている。
有田は朝鮮半島、特に韓国・北朝鮮への思いを熱く語っているが、実はそれには自らの名前ヨシフが関係しているのではないか?そのように考えてきた。ヨシフ・スターリンこそは朝鮮民族に取っては忘れられない恐怖の人物に他ならない。歴史上朝鮮民族に対して行なった蛮行は世界史でも類を見ない。
2011年12月15日ブログ記事
結論を先に申し上げるなら、日本が朝鮮半島を併合しなかったら、現在の韓国や北朝鮮という国家は歴史上存在しなかった。では、どうなってしまったかと言えば、それは中華人民共和国の自治区や旧ソ連の朝鮮共和国としてしか存在を許されなかった。
現在でも中華人民共和国には朝鮮自治区があり、それは名目だけの自治区に過ぎず、朝鮮国家との合流を目指す独立的な動きは厳しく禁じられている。朝鮮人も北も南も中国を恐れ、その自治区に住む朝鮮人に対しては何も言わない。ただ沈黙しているに過ぎない。
旧ソ連は傀儡政権として金日成の共産主義独裁国家を誕生させたが、自国の領土であった沿海州に住んでいた朝鮮人を一人残らず中央アジアに強制的に移住させた。移住に応じなかった朝鮮人の多くは殺された。
ロシア極東の朝鮮人の運命とは余り歴史の中でも光が与えられて来なかったが、それは非常に過酷なものだった。ウィキペディアには次のように記載されています。
「日本軍によるシベリア出兵以来、日ソ両国は互いを仮想敵国とみなしていたが、満州事変以降、ソ連の指導者ヨシフ・スターリンは、沿海州に居住する高麗人住民が日本のためにスパイ活動を行なっていると考えるようになった。
また、満州において抗日戦を展開しようとしていた中国共産党との協力体制を構築するためにも、自国内にスパイの恐れのある民族を留まらせておくわけには行かなかったとも言われる。スターリンの下で大粛清が開始されると、高麗人のスパイ活動への関与の疑いが高まり、高麗人の殆どは日本側の活動とは無関係であったにもかかわらず、ニコライ・エジョフの報告によると1937年10月25日までに沿海州に居住していた36,442家族171,781人の高麗人が、対日協力の疑いで中央アジアに集団追放されたと記録されている[5]。
強制移住先の中央アジアの乾燥地帯は、農耕には不向きな土地で、ソ連政府によって保障されていた筈の資金援助は受けることが出来なかったことに加え、移住させられた者の殆どが稲作農家や漁師だったこともあって、乾燥地帯への適応に困難を伴うこととなり、1938年までに少なくとも4万人の高麗人が死亡している[5]」
この問題が日本でも知られるようになったのは、旧ソ連が崩壊し様々な資料が流出してからのことだった。このような問題に関しても当の朝鮮人の動きは鈍い。17万人からの朝鮮人が強制連行され、その内の4万人が亡くなったにも関わらず冷淡なものである。
なぜ、この問題を朝鮮人は取り上げないかと言えば、それはそこに歴史の真実が隠されているからに他なりません。
☆日本のシベリア出兵、朝鮮半島への進出は共産主義の脅威から守る為に行なわれたものであり朝鮮人の多くが協力した。日本の韓国併合は植民地化と言うよりは国際社会の要請と朝鮮人側からの要請によるものだった。
☆朝鮮人が日本と協力して反ソ連の動きがあることを警戒したが故に、スターリンは朝鮮人全員を中央アジアに強制的に連行した。第二次世界大戦でもこれほど大規模な民族移動を強いられた民族はいなかった。朝鮮人が日本軍に協力することをいかに恐れていたかということの証左である。
このような歴史の真実からして朝鮮半島が日本によって戦争に巻き込まれたなどというのは因縁でしかない。当時は何処の国も戦争の惨禍に遭っていたのであり、朝鮮人が自らの国家を自らの手で守れるだけの国力をもち、民族が団結していれば、日本が朝鮮半島に行く必要など一切なかった。
戦争に巻き込まれた云々を論じるならば、日本こそ朝鮮人によって戦争に巻き込まれたとも言える。日本だけが間違っていたなどということはない。これは左翼人特有の考えでしかない。
左翼は旧ソ連が司令塔でありモスクワのコミンテルンからの指令で動いており、このような一方的な言説を振りまいているが、歴史の真実から見たら余りにもかけ離れていると言わざるを得ないものです。
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52808120.html
自らが朝鮮人に過酷な運命を背負わせたスターリンの名前を頂いたことに関する贖罪(しょく罪)感から逃れようと考えていたのかも知れません。
尚、こちら側の写真などが届きしだい、昨日の様子はまたお伝えします。昨夜は店じまいもあって遅くなりました。数名のしばき隊が我々の店の前の焼き鳥屋に陣取って我々が帰り支度に取り掛かるまで嫌がらせをしていました。
尤もお客さんとして何度か買い物にも来たのでそれなりに対応はさせてもらった。本日これから福島に戻ります。11月中旬からりんごの収穫、販売と休みなく働いていたので、10日ほどゆっくりと休みます。但しブログ記事は毎日更新しますので、今年も応援クリックよろしくお願い申し上げます。
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