2014年01月01日

謹賀新年


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 謹賀新年


 新年明けましておめでとう御座います。

 今年は皆様と共に祖国日本の未来の為に、

 より一層の努力を続けることをお誓いします。


  皇紀2674年(平成26年)1月1日


  【せと弘幸BLOG「日本よ何処へ」】 主宰 せと弘幸

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 数枚の写真をご紹介いたします。りんご販売で上京する前に津波に遭って大きな被害を受けた福島県相馬市の原釜地区を訪れました。

 その前に震災直後のブログ記事です。2011年5月4日の記事です。
 
 奇跡的に流されずに残ったりんごのコンテナ

大津波にも流されなかったりんご箱を偶然に発見!

 こんな奇跡的な光景を目にするとは思いもよらなかった。私はここ十年以上、毎年コメとりんごを買ってくれる相馬市のお客さんがいて配達していました。親父の知人の骨董屋さんで昨年もりんごを買ってもらいました。

 相馬港近くの高台とまではいかないが、少し高めの場所にあったので、津波は免れたと思っていました。前回近くまで行きましたが、その家には近づくことも出来なかったので、遠くから眺めるしかなかった。

 今日朝早くもう一度気になったので見に行くことにしました。あれから全く連絡が取れなくなったので、どうなってしまったのか気になっていたからです。今日は近くまで行って見ましたが、やはり跡形もなく流され、余りにも光景が変わり果て、その場所を中々探し出せなかった。

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 しかし、一旦車を止めそこで降りてみると、何とそこには一つだけ倉庫が残されていた。周辺にはその倉庫しかありませんでした。殆どの建物はありません。母屋は流されていましたが、そこに見かけた倉庫だけが建っていた。それは間違いなく私がコメとりんごを運び入れた倉庫でした。

 骨董屋さんなのでそこに貴重な骨董品を仕舞い込んでおくために、頑丈に作られていると以前聞いたことを思い出しました。コンクリートで建てられた倉庫でした。だから流されなかったのでしょう。

 瓦礫(がれき)の山を見て驚いた。私が昨年末に置いてきたりんごのコンテナ箱がそこにあったのです。本当に驚きました。まるで私が探しに来るのを待っていたかのように、そこに流されもしないで残されていました。

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 私の家の屋号と瀬戸の字がかすかに見えました。農協の組合員のコード番号があるので、間違いなく私の家のコンテナでした。そこのご主人とご家族は勿論姿はありませんでしたが、我が家のコンテナなので持ち帰りました。

 まさか、流されないでそこに残されているとは驚きでした。箱には津波が運んできた砂がびっちりと付着していた。今後も大切にこの箱を使いたいと思います。


以上

 その後どのように変わったのか?何らかの復興への足跡が見られるのか・・・・そのような思いで再度たずねてみました。

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 何もありませんでした。ガレキは片付けらていましたが、見渡す限り何もない。そこにはたた空虚な景色だけが広がっていた。津波に流される前には数百件の家が立ち並び、そこには多くの人の生活があった。

 もう、この地に再び住民が戻ることはないようです。生き延びた人は高台に移転する準備が進められ、既にそこに新居を構え始めました。この相馬港を望む広大な土地は今後どうなってしまうのでしょうか?

 このような土地は政府が買い上げて有効利用を図るしかないでしょう。ソーラーパネル発電所とか、あるいは被災地の水田から採れる作物をエネルギーに替えるバイオ発電所の建設などです。

 しかし、津波対策はどうすべきなのか?土地の再利用を図るにしても、その買い上げも進まない。土地の所有者が一家ごと波にさらわれてしまったところは、誰が相続するかも分からずに放置されていると言います。

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 港だけは工事の重機などが並び、ゼネコンの監視船が行きかい、急ピッチで修繕が行われていました。関係者に話を聞いたが、まだまだ先のことだそうです。正直あと何年かかるのか?その目処も今のところはたっていません。

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 最後にこの写真を紹介したかった。今の日本を象徴するような写真です。この日は朝から深い雲に覆われ、どんよりして遠くがかすんで見える悪天候だった。

 何もかもが流されて何にもない、その光景の先に火力発電所がモクモクと煙を上げていた。

 がら〜んとした景色でした。この光景が余りにも無残に見えて悲しくも思えた。

 日本を覆う厚い雲、かすかにしか見えない遠くの景色。原子力発電所が全て停止状態にあるという、この異常な事態。

 閉塞感を今年は打破しなければならない。

 暗い日本に黎明の光が差し込むような、そんな愛国運動を推進しなければならない。

 ここで引くわけには行きません。震災前は50基からの原子力発電所が稼動していました。

 それが全て停止して化石燃料の輸入が増加、日本の貿易収支は毎月毎月膨大な赤字となっています。やがてくる経済破綻に怯えて暮らすわけには行かない。

 再び希望を取り戻しましょう。反日左翼・反原発勢力を駆逐する戦いに邁進します。

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Posted by the_radical_right at 06:51 │ mixiチェック