有田芳生と言論弾圧(10)
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民主党・有田議員「ヘイトスピーチは言論の自由に含まれない」
ヘイトスピーチに対する法的規制問題について日本の国会で
積極的に取り組んでいる有田芳生参議院議員に話を聞いた。
■日本におけるヘイトスピーチの状況をどのように認識しているか。
68年前の8月6日、広島に原爆が落とされた。45年末までに約14万人が
亡くなったと推計されます。原爆症でさらに多くの人が亡くなり、日本人だけでなく
韓国人もふくめ、今でも多くの人たちが苦しんでいる。この日は人類が同じような
悲劇を二度と起こさないことを、世界に向かって祈る日だ。にもかかわらず、この日に
「在日特権を許さない市民の会」(在特会)が「日本は核武装せよ」「原爆ドームを解体せよ」
というシュプレヒコールを叫び、在日コリアンに対するヘイトスピーチを街中で繰り広げた。
それは8月6日という日を冒涜するだけではなく、歴史に対する挑戦であって、
今の日本の社会政治状況を象徴的に表している。各民族、各国家が平和に生きていかなければならない時に 日本の中からヘイトスピーチを繰り広げる人たちがいることは恥ずかしいことだ。
■日本の国会におけるヘイトスピーチに対する対応は。
参議院議員会館で3月14日と5月7日に250人を超える集会を行った。
5月7日は鈴木寛参議院議員の質問で、安倍晋三首相からヘイトスピーチはいけないという発言を引き出した。さらに5月9日には参議院法務委員会で、私が1時間かけて谷垣禎一法務大臣に対して具体的に質問をした。さらに衆議院内閣委員会で菅義偉官房長官が、参議院の拉致問題特別委員会でも古屋圭司国家公安委員長がヘイトスピーチに批判的なコメントをした。国会レベルでも問題が浮き彫りになってきた。それと並行して、これまでなかなか報道することができなかった新聞やテレビも、異様な新大久保や大阪・鶴橋などの状況を報道してくれるようになった。
続きますソース(韓国紙:統一日報)
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=73661&thread=04
>「ヘイトスピーチは言論の自由に含まれない」
共産党独裁者の考えそのものです。言論の自由を保証することは民主主義社会においては鉄則であり、それをこのように否定する人間が国会議員として存在していることが驚きです。
日本を敵視する韓国人を批判することがヘイトスピーチなどと拡大解釈されて、それを口にする自由が禁じられ、韓国批判をしただけで逮捕されて刑務所送りになるなどという、まさに恐怖国家を目指しているとしか考えられません。
従軍慰安婦の強制連行などについて、それを批判することは正しい歴史を綴る為に認められた日本民族の当然の権利であり、それを主張する自由な言論が認められない社会などは、かつての旧ソ連時代の暗黒社会にも等しい。
旧ソ連社会では言論の自由は存在せずに、少しでも共産党に対する批判を口にしただけで逮捕され、強制収容所に送られて過酷な労働などを課せられた。秘密警察が暗躍し、国民は秘密警察への密告を恐れ、怯えながら暮らしていた。
そのような社会の到来を公然と正当化するような極めて危険な人物がこの有田芳生スターリンというわけです。しばき隊や男組などと、これまで行動を共にして我々愛国者に対して攻撃を加えて来た人物であり、このような発言をしたとしても驚く人は余りいないかも知れません。
しかし、これは自由と民主主義に対する重大なる挑戦であり、絶対にこれを許すわけには参りません。このような人物を必ずや国会議員という立場から引きずり降ろす為にも我々愛国者は団結して起ち上がらなければと思います。
>「ヘイトスピーチは言論の自由に含まれない」
単なるペイペイの一介の議員が軽々しく言う言葉ではない。これこそ何の法的根拠もない恣意的な発言であり、このような発言は無視すべきですが、マスコミがこれをさも当然であるかのごとく報道するところに現下の日本の異常性を見ることが出来ます。
韓国人や支那・中国人を批判することが、何故ヘイトスピーチなどと言われなければならないのか? 日本人が韓国・支那に譲歩し過ぎたために今日のような社会が出来てしまった。韓国人との共生などというまやかしの言葉に騙されてはいけない。
怖ろしいのはこの「ヘイトスピーチは言論の自由に含まれない」などと言う輩によって、「これはヘイトスピーチだ!」などと決めつけられてしまえば、たちどころに自由社会でなくなってしまう。言論の自由なき独裁者を賛美する社会になってしまいます。
「韓国人は優秀な民族です、だから我々の兄であり姉です」
「中国人は素晴らしい民族です、だから我々の親のような存在です」
これが池田大作によって洗脳された信者なら問題はありません(あくまでも法律的には)。
しかし、そのように思わない日本人がこのように強制的に言わせられる社会の入り口に立たされていることにもなるのです。
何を以って誰が「ヘイトスピーチ」と決めるのか?
それがあやふやだからこそ、そのような法律が出来ないのです。一握りの権力者がそれを勝手に決めてしまう。そのような恐れがあるからこそ、これまで話題にもなって来なかったのです。
しかし権力者が勝手にヘイトスピーチと決めて弾圧するという恐れも不安も抱かないと言うのですから、余程ノー天気な人なのでしょう。
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