壬辰の年
壬辰年は大乱や大変革の年
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私は余り干支というものには詳しくはありません。今年の龍は「 壬辰の年」と言われ、歴史的に見ても大乱や大変革の年となるようです。中世においては豊臣秀吉の朝鮮出兵がありました。
韓国においても「 壬辰の年」はやはり特別の意味を持つらしい。
【秀吉の朝鮮出兵(1592年〜1598年)を韓国では、「壬辰倭乱」と呼ぶ。「壬辰」は干支で 、「乱」とは、反乱の意味で、謀反という意味がある。つまり、壬辰倭乱という言葉には、 韓国に対して日本が反乱をおこしたという意味がある。 (注意)朝鮮では、外国の侵略 ...】

歴史は我々に<朝鮮征伐>を求めているのかも知れませんね。
朝鮮征伐とは日本と朝鮮との間の戦闘行為に見られがちですが、実際にその裏にいたのは当時シナ大陸を支配していた明国でしょう。
秀吉の狙いというか、当時の日本の指導者の多くが明を中心とした東アジアの支配と秩序に対する挑戦であると認識していたと思います。それを明もよく分かっていたのではないか。
当初は国内における内乱などがあって直ぐには兵を送れなかったが、その後本格的に参入した。朝鮮史では明の要請によって介入したとなっているが、そうではなく明の都合で行なわれた。即ち自国の利益の為に参戦したのである。
北朝鮮の近未来を暗示しているように見えます。中国共産党の人民解放軍が北朝鮮に入るときは、一応国内治安確立の為に要請されたという形は取るでしょうが、それは口実に過ぎず中国共産党の利益が優先されての軍事侵攻となります。
日本国内においては秀吉の朝鮮征伐は無謀であったかのように検証されていますが、当時の戦国時代のサムライ軍団は世界最強でした。明も東アジアでは大国であり、この16世紀においては世界最大の戦争であったと言われています。
現在は21世紀ですが、朝鮮人にとってはこの秀吉の朝鮮征伐は長い歳月を経ても忘れられないもののようです。
中央日報/韓国語(2012/01/01 03:35) の新年元旦号にもそれが書かれています。
http://article.joinsmsn.com/news/article/article.asp?total_id=7030318&ctg=2002
【今年が更に大きな意味を持つのは、韓民族の遺伝子(DNA)に「壬辰年」という言葉が刻印されているからだ。 420年前の1592年という壬辰年に朝鮮は日本の侵略を受けた。朝鮮王朝は、既に傾いていた「明」と、野心を育てていた島国「日本」の動きを軽視して恥辱を受け、民にも大きな傷を刻み込まれた。この歴史を再確認して見れば、再び壬辰年を迎える我々は覚悟を新たにするしかない。
今日の韓半島の状況は、420年前と比べてみても決して甘くない。ともすれば、北韓問題を口実に展開されるであろう米・中・露などの強大国間の利害競争に加われず、ただただ服従する羽目になるかも知れない。また、党派闘争という重病に犯されていた壬辰倭乱当時の朝鮮王朝のように、2012年の大韓民国も政権与党と野党・新世代と旧世代・親北勢力と反北勢力・持つ者と持たざる者・嶺南(ヨンナム)と湖南(ホナム)の対立(※2)の中で、国政の座標と方向性を喪失したまま漂流する可能性もある。これら全てを我々は警戒せねばならない。 】
日本語訳はこちら
歴史は朝鮮勢力との戦いを我々に運命づけているのかも知れませんね。
尚、個人的なことではありますが、私は昭和27年の龍の生まれです。天に昇る龍のような一年を送りたいものです。
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