8日午前9時45分ごろ、金沢市石引4丁目の石川護国神社を訪れた男性が、境内の石碑前であおむけに倒れている男性を見つけ、近くにいた土木作業員を通じて110番した。金沢中署員が死亡を確認した。
遺体のそばには日章旗が敷かれていた。金沢中署は状況などから自殺の可能性が高いとみて、身元の確認を進めている。同署によると、男性は黒っぽいスーツを着用、白いワイシャツのボタンを外し、腹など数カ所に刺し傷があった。ナイフが近くに落ちていた。(共同)
2011年12月8日13時3分 日刊スポーツ
石川護国神社で自殺か
8日朝、金沢市の石川護国神社で男性が血を流して死亡しているのが見つかりました。警察は自殺ではないかとみて調べています。8日午前9時45分ごろ、金沢市の石川護国神社の境内で「人が亡くなっている」と近くで工事をしていた作業員から通報がありました。警察がかけつけたところ、境内の石碑近くで20代とみられる男性が血を流して仰向けに倒れ、腹や首など数か所に刃物で刺したような傷が確認されました。男性はすでに死亡していて、7日夕方から8日未明にかけて死亡したとみられます。近くにはナイフのような刃物のほか、日の丸の国旗などが置かれていて、遺体の下にはビニールシートが敷かれていたということです。遺書は今のところ見つかっていませんが、警察は現場の状況などから男性が自殺を図ったのではないかとみて調べています。
2011/12/08 Thu 18:03 石川テレビ
真珠湾攻撃の日に日章旗を傍らに置き、護国神社の清水澄博士顕彰之碑前で自殺。
何らかのメッセージはあるのだと推察する。
だが、遺書の有無、自殺の真意が明確でない以上、この件に関しての意見は控えさせていただく。
ただ、ネットで見かけるスカした意見や、死者を軽んずる意見は許せることではない。
こういったことを軽々しく扱うべきではない。
以下は荒川区小坂議員のFace Bookより。
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以下の情報がメーリングリストやfacebook内での友人から伝わってきました。心からご冥福をお祈りし、改めて先人の想いと無念を受け継ぐ政治にせねばならないと決意しております。
(以下、転載です)
... 冠省 取り急ぎご報告申し上げます。
開戦記念日の翌日、知己より「若者が8日、石川県護国神社にて意志ある割腹」との報を受けました。
まだ大学4年生とのことで、余りにも早い死です。
国旗をビニールにて包み持ち、遺書(檄文か)もしかと在る様で、知己は早々に各メディア及び当局に掘り下げて調査するよう依頼したとのことです。
殊に驚くはその遂げた場所です。神社内の「清水澄博士顕彰之碑」の御前でありました。
清水澄博士をご存じ無き方の為に敢えてご説明申し上げますと、氏は戦前の憲法学者であり、元枢密院議長。断固反対していた現行の日本国憲法発布の年、
日本の未来を憂いて「幽界より国体護持と皇室安泰、今上陛下の御在位祈願を欲す」との書を遺し、自決された方です。
現状憶測でしかありませんが、どう考えてもこれは憂国からの散華であります。経緯や遺書の内容如何によってはジャスミン革命の如き潮流の礎となる可能性を孕むと考えております。
本件どうか各位注視の上、拡散頂ければ幸甚です。
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これまでも何度も書いて来ましたが、今日の日本の現状を純粋な若者ほど憂い、そして将来に絶望しているのではないか。何故前途ある若者がこのような自殺という形で自分の人生に終止符を打たねばならなかったのか、そのことを考えただけで心が破裂する思いにとらわれる。
若者はいつの時代も純粋だ。余りにもデタラメな国家を自らの命を賭して変えようとしたのかも知れません。現在の所遺書があったとの報道もないし、そのような思想性を含む事件なのかも明らかではありません。
しかし、護国神社内で日章旗が置いてあったと言うのですから、そのような思想性の背景が多分にあったのではないかと推測されます。
これ以上の情報がないのでこれ以上は情報が集まり次第書くことと致します。取り急ぎ拡散の要請がネットに広まっていたので紹介しておくことにしました。
御冥福をお祈り申し上げます。





