『在特会』の活動にショック!
批判される「在日・極左」側からの驚きと戸惑い(2)
7月20日に福岡で開催された「外国人参政権断固反対」の街頭演説とデモ行進に対して、反対の妨害活動を呼びかけていた極左団体のサイトに在特会への彼らの正直な感想が書かれてありました。
http://720action.blog85.fc2.com/の中にお礼とご報告という文章があり、その中に彼らの今回のデモを見聞きした、彼らなりの受け止めた印象が報告されていました。
デモには随分若い人達の参加も目につきました。デモの隊列から私達にあらゆる罵声を浴びせる彼ら彼女ら、特に若い参加者の表情は、私たちにはややショッキングなものでした。私たちの仲間からは「あの若者たちはなぜあれほどの憎悪を抱えているのだろうか?」という慨嘆の声が漏れていました。
まるで、自らを圧迫する経済社会状況の不安に耐え切れなくなった人間が、その原因となる「外敵」を見出したことで制御不能の興奮状態に達し、身体ごとの断末魔を上げる…あれは少なくともそんな光景を予感させる声と表情でした。
(ここまでが引用)
今回の福岡に限らず我々「行動する保守」運動には、特に若い世代からの参加が多い。
今回は中高生や20歳代前半の男女が目立った。中高年以上の極左にとっては、先ずそのことに衝撃を受けたのでしょう。
それからその若い世代が極左に対して、強い抗議の声を挙げたことに二重のショックを受けたと思われる。戦いの場において沈黙し、尚且つ「慨嘆の声が漏れた」などと書いている時点で極左は敗北を認めざるを得なかった。
彼らは若者の怒りを次のように解釈したようです。
>自らを圧迫する経済社会状況の不安に耐え切れなくなった人間が、
>その原因となる「外敵」を見出したことで制御不能の興奮状態に達し…
このような分析をしているようでは、今後の在特会の躍進を極左が止めることなど出来ない。もう白旗を揚げて大人しく見守るが良かろう。
経済状況とは無関係とは言わないが、これはそのような考えだけでは語れないものなのです。
私は「青年に告ぐ!」の中で、これまで何度も書いて、そして呼びかけてきた。
新たなる歴史の扉を開き、青年が−若者が−学生が日本の為政者に対して、心の底から真の怒りをぶつける時でもあるのです。
これは不安からの行動などではなく怒りなのです。その怒りが何故自分達に向けられているのかさえも気がつかないで狼狽しているに過ぎません。
古い世代と新しい世代との乖離現象がもう急速に進んでいるということです。若い世代が何に対して罵声を浴びせたのか、その意味さえも理解できていない。それは極左が掲げた「移民歓迎」というプラカードであったのです。
彼らのサイトからの写真ですが、移民歓迎の文字が見えます。
戦後の社会とは経済的には米国の占領体制下の中で、日本は生産工場の役割を担い続け、それを見事に果たして経済大国という地位を築いてきた。
政治的な失態を経済の成功が完全に凌駕してきたのです。
しかし、その経済の成功も今や陰りが見え始め、日本社会がもうどうしようもない状態にあるという事実を覆い隠そうとしても、それは隠し切れなくなってしまった。
ある一つの言葉で断言するなら、次の言葉がピッタリするのではないか。
それは−、
戦中派世代、団塊の世代の失墜である!
それが「移民1000万人受け入れ構想」に端的に示された。
国家の長期的なビジョンを持つことなく、ただ経済的な成功を追い求めてきた社会の結末である。
経済的な成功にしか頼ることの出来ない、その日本の社会が経済的に追い詰められた時に、このような外国人移民の受け入れによって、更に経済成長路線をひた走ろうとしているに過ぎない。
もうそのことに、日本の若者は完全に見限ったと思います!
いかなる歴史をひも解いてみた時にも、若者が大人の世代を見限り、自らが変革の主役に立とうとした時には、そこには維新や革命といった言葉に表される急進的な手法がとられる。
その大変革への志向運動は、ネットという現代文明の利器が大いに役立っています。カネも力もない若者がネットで互いに結びつき、この現代社会の大変革に立ち向かい始めたのです。
その最大の砦として構築されつつあるのが『在日特権を許さない市民の会』であると考えます。
在特会の躍進とは時代の潮流なのです。若者を運動に駆り立てているのは至純な愛国心であり、祖国・日本の為に起つという犠牲的な精神すなわち大和魂なのです。
今、我々が肝に銘じなければならないことがあるとすれば、それは悔いのない時を過ごすことであり、未来を見続けることではないでしょうか。
特に若い人にこそ未来を見つめて欲しい。何故ならば未来は若者のためにこそある。輝ける未来にするのか−、それとも灰色の未来の中に生きるのか−。
これ即ち、若者の今後の選択にあると思う。古今の歴史を見るまでもなく、若者が祖国の未来に向かって決起した時、歴史は大きくそのうねりの中でダイナミックに動いてきた。
重なる既成政党の悪政は国民生活を放り投げて、自らの党利党略でのみ争っている。国民の代表であるという選良の立場を忘れ、最早国家と国民に対する裏切りでしかない。
「外国人参政権法案」「人権擁護法案」のいずれを見ても、その根底には国を守るという最低限の精神さえ見られず、それを成立させようとの悪足掻きは醜悪そのものだった。
今、このような既成政党の悪に貫かれた反国民的な政治に対して、怒りをもった大衆の不満は爆発寸前の状態へと達した。来るべき将来、大きな政治的騒乱が起きることを暗示している。
青年に期待する。若者に期待する。学生に期待する。祖国日本を立て直すためには、もう諸君達の戦い以外に残された道はない。
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