2009年01月29日

朝日新聞社が初めて事件に言及

連載・『赤報隊』と『日本民族独立義勇軍』��

朝日新聞社初めて事件に言及、事実と相違も

 
本社阪神支局「私が襲撃」週刊新潮に手記 事実と相違も
   
 記者2人が殺傷された87年5月の朝日新聞阪神支局襲撃事件(02年に公訴時効)で、週刊新潮2月5日号が実行犯を名乗る男性(65)による「手記」を掲載した。「私は朝日新聞『阪神支局』を襲撃した」との見出しで、計6ページで実名の告白として載せている。

 記事によると、男性はある公的な組織に属する人物から「朝日を狙ってくれ」と頼まれたと説明。関西の暴力団組長に紹介された若者を運転手役にして、バイクで兵庫県西宮市にある阪神支局に向かったなどとしている。一連の事件の東京本社銃撃(87年1月)▽名古屋本社寮襲撃(同9月)▽静岡支局爆破未遂(88年3月)=いずれも公訴時効=についても、「私が実行した」としている。

 この男性は05〜06年、朝日新聞へ「襲撃事件の実行犯」と名乗って手紙を送ってきており、朝日新聞は当時、男性に会って取材した。今月、週刊新潮編集部から、男性の「証言」が事実と合致しているかどうか問い合わせを受けたが、面会内容や取材結果から「本事件の客観的事実と明らかに異なる点が多数ある」と回答している。

 また男性は朝日新聞記者の取材を受けた時の状況についても触れ、「(記者が)喧嘩(けんか)腰で怒鳴る」などと書いているが、そうした事実はない。

 2009年1月29日15時2分


 初めて朝日新聞社がインターネットサイト上で、阪神支局を銃撃した犯人の告白手記について簡単に触れています。
やはり、この記事にまったく触れないということは、どうしても世間的には不信感を招くとの判断が働いたのでしょう。そこで簡単に相違点があるなどとしてやんわりと否定しています。

 しかし、その理由については「本事件の客観的事実と明らかに異なる点が多数ある」とした短いコメントを明らかにしたに過ぎません。これではいくら何でも国民や読者に対する説明にはなっていません。

 朝日新聞社はこの事件の解明には朝日新聞社としての威信をかけて臨んでいたのであって、時効を迎えた時にも時効とは関係なく事件の真相解明を求めると力強く宣言していました。

 しかし、今回自ら犯人であると名乗った人物に関して、この短い一行しか発しないとはどういうことなのか? 少なくともどのように客観的事実と相違があると判断を下したのかを明らかにすべきではないか。

 また、今回のこの朝日新聞社の報道は、告白手記を公表した人物の文章に対しての言い訳にしか見えない。

>「(記者が)喧嘩(けんか)腰で怒鳴る」などと書いているが、そうした事実はない

 手記によれば、朝日新聞社の記者は次のように激昂したと書かれています。

「何で小尻はやられたんでしょうね?」

「小尻は何か、虎の尾でも踏んだのでしょうか?」

 そう畳みかけてくるので「知りませんよ」と応じたら、横に座っていた若い記者が仕切りのアクリル板をドンドン叩き。

「あんたね、うちの小尻を殺しておいて、何だよその態度は! うちの小尻がなに迷惑かけたんだ」

 このことが気になって、弁解をしなくてはいけなくなったのかも知れませんね。

 ところで、今回の週刊新潮にはこの本文だけではなく、グラビアでも最初にこの人物が登場しています。顔写真はモザイクがかけられていますが、気になる説明文がありました。

 写真には二人載っており、この人物も事件の関係者であり、しかも指示をした人物であるという説明がなされていました。見張りの協力者もヤクザの親分から紹介を受けたと手記にはありました。

 当然、週刊新潮はこの「指示役」の人物からも事情を聞いたことでしょう。どうも組織的な背景はまだ続いているようにも感じました。不気味な展開は今後も続くと思われます。


お知らせ 2月3日の活動予定

在日本フィリピン大使館への要請行動!

日本で彷徨う自国民カルデロン一家を速やかに引き取れ!

 日比両国の健全で良好な友好関係を尊ぶ日本国民として、親密な日比両国の関係に亀裂を生じかねない犯罪に関して大いなる懸念を表明するものだ!

 埼玉県蕨市に滞在中のフィリピン人、カルデロン・アラン・クルズおよびその妻サラは、1992年〜1993年の間に、他人名義の旅券を使用し日本に潜入した。その事実は2006年には日本の法務省が掌握しており、クルズおよびサラが、日本侵入に際し違法な手段を用いた事は明白である!

 また、クルズおよびサラは現在に至るも、まったく反省の態度を示さず違法な滞在を継続するのみならず、国内の一部勢力と結託し、自分達の娘を人質にしたとも思える、非人間的で人道に反する宣伝工作を行ない、日本国内に居座ろうとしている!

 この犯罪の放置は両国の友好関係に大きな亀裂を生じさせる危惧を抱かせるに十分な事柄であると考えられるだろう!

 他人名義の旅券の使用について、我々日本国民は決してこれを認める事ができない!
 かつてキムヒョンヒなる朝鮮人が他人名義の旅券を利用し日本人に成りすました上で115名を殺害する事件があり、この事件を契機に北朝鮮が日本国内に偽装旅券で工作員を侵入させ、テロ活動や宣伝工作を行っていた事が広く日本国民に認知されている!

 また、「テロとの戦い」という意味でも、出入国の管理の厳格化は日比双方の課題だ!
 もし、旅券の不正利用に対し厳正な対応をとなければ、密入国者は増加し、それに乗じた国際的テロ組織や他国の工作員の捕捉が困難となるだろう!
 すなわち、これはテロとの戦いの一環でもある問題に他ならない!

 アランおよびサラは自国に帰還する事を避ける為、日本国内の一部危険なプロレタリア国際主義勢力と想像される集団と結託し、自分達の娘をメディアにさらし者とする宣伝工作を行なっている!
 自分の娘すら自己の勝手な欲求の為に利用するカルデロン夫妻の非人間性は、それ自体が大きな問題であり、日本国民としては彼女がこの様に政治的宣伝に利用され、さらし者にされている姿は見るに忍びない!


 【日時】
平成21年2月3日(火曜日)11:30集合・開始

【場所】
フィリピン大使館前
〒106−8537
東京都港区六本木5−15−5
TEL:03−5562−1600〜02

周辺地図

【その他】
雨天決行、日章旗・プラカード持参歓迎

【主催】
NPO外国人犯罪追放運動
国民社会推進協議会

【問い合わせ】
有 門 大 輔(090−4439−6570)
中村としのり(090−6109−0712)


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朝日新聞社の不気味な沈黙

連載・『赤報隊』と『日本民族独立義勇軍』��

朝日新聞社の不気味な沈黙

今も闇からの「刺客」に怯えているのか?

 この週刊新潮の白黒の広告が今日の朝日新聞の紙面にも掲載されています。6面の下4段のスペースですから相当目立つ広告です。今朝の朝日新聞の広告で、この件を知った読者は驚いたことでしょう。

 しかし、朝日新聞社の紙面を隅から隅までくまなく見ましたが、この件に関する記事は何一つ掲載されていません。一体どうなっているのでしょう?

 実に不思議なことです。朝日新聞社の阪神支局を襲撃したと、犯人が実名で告白記事を掲載したというのに、それに対して言及する記事が一つも見当たりません。

 時効になってしまったから、もう関係ないという訳じゃありませんよね。

 この朝日新聞社への攻撃を繰り返した『赤報隊』に関しては、時効になったけれども、犯人を追い詰めて真相を明らかにすると言明していました。にも関わらず、その犯人が名乗りを上げたというのに、そのことに対してまったく報道がなされないとは、一体どういうことなのでしょう?

 この週刊誌の告白手記を読むと、この自ら犯行を告白した人は、最初に朝日新聞社に対して行なっています。本来なら、朝日新聞社が一大スクープ記事として一面トップに掲載しなければならない筈です。

 しかし、どういう訳か朝日新聞社はここに至っても沈黙しています。朝日は何かに怯えているようにも感じられます。朝日新聞社としては、本当はこのまま大人しくして世間が忘れてくれるのを待ちたかったかのようです。

 一体、事件の真相とは何なのか? 当の朝日新聞社が沈黙していては何も分かりません。この報道に関して朝日新聞社はどのように考えているのでしょう?

 一読者として朝日新聞社に訊いてみた。

問い 今朝の新潮の広告に驚いていますが、朝日新聞の記事には一行も触れられていないのは何故ですか? 事実ではないということですか?

朝日 …(ちょっと間があった)本人から手紙が来て、うちの記者が会ったというのは事実です。

問い それでどうしたのですか?

朝日 実際に話を聞いたが要領を得ない話であったということのようです。

問い と言うことは事実ではないと判断されているわけですか?

朝日 何とも対処のしようがなかったということです。

問い 今後の対応はどのように考えておられますか?

朝日 まだ来週に続くようなので、事態を見守るしかないということです。

問い 先ほどの要領を得ない話ということですが、いわゆる刑事ドラマなどに出てくる秘密の暴露的なものがなかったということですか?

朝日 判断のしようがないということで、暫く様子を見させて頂くということです。

終了


 今日の段階ではこれくらいにしておきました。この朝日新聞社の広報部の返答ですが、本当にこのように困惑した状況にあるものなのか? 或いは背後関係を知ってはいても話が出来ない状態なのか? 勿論、電話だけではつかめません。

 本当のところはどうなのでしょう?

 以前、下記の文章をある方より頂いて読んでいました。

 


 これは3部作の構成になっています。

�…�日が書けない「赤報隊」の正体

�∪嵎鸞發函屮哀螢鎧�件」の奇怪な接点

��「朝日銃撃事件」と「許永中」

 この件についても今後詳しく検証を進めるつもりです。

 これらの件については、私は当時の機関紙『世界戦略』の昭和62年12月15日号に読者からの投稿文として紹介してあります。

 朝日新聞社銃撃事件については、朝日を敵と見ているのは何も右翼だけではない・・・・新左翼も朝日を狙っていた。

−というものですが、当時、関西の新左翼は朝日新聞社とは対立関係にあった。朝日新聞社内部には民青出身者の共産党員が多く、何かと新左翼とはトラブルが絶えなかった。

 この新左翼とつながりのあったのが在日朝鮮組織であり、部落解放同盟であった。この3部作はそのような闇の世界にも足を踏み入れて取材しているものです。

 いずれにしても、朝日新聞社員は週刊新潮の広告に出ている小尻記者の笑顔をもう一度見つめるべきである。もはや、沈黙は許されない。これまでの取材で知り得た事実を、自分たちの新聞社に都合の悪いことであっても国民に知らせなければならないでしょう。

 

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連載・『赤報隊』と『日本独立義勇軍』(2)

連載・『赤報隊』と『日本民族独立義勇軍』��

朝日新聞社は犯人の正体を知っていた。

朝日新聞襲撃犯、名乗り出る…87年阪神支局で発生
すでに時効、実名公表し詳細語る

 1987年5月、朝日新聞阪神支局に何者かが押し入り散弾銃を乱射、記者1人が死亡した「赤報隊事件」(時効)の実行犯を名乗る男が、29日発売の週刊新潮に実名で手記を寄せていることが分かった。今年1月、別件で4年間収監されていた網走刑務所を出所した男は昨年1年間、同誌と情報を交換。収監先の刑務所では、朝日新聞記者2人と特別面会もしていたという。

 記事によると、男は都内の元右翼構成員。誰もが知る“公的な組織に属する人物”から「朝日を狙ってくれ」と金で依頼され、「東京本社」「阪神支局」「名古屋本社寮」「静岡支局」の順に襲撃(静岡支局は爆破未遂)。当初言われていた怨恨や思想的背景はなく、記者1−2人を殺害することのみが目的だったという。

 また、一連の朝日新聞襲撃事件と同じ「警察庁指定116号事件」に後に指定された「リクルート会長江副浩正宅銃撃事件」、参考事件の「中曽根康弘元首相襲撃事件」には関与しておらず、「赤報隊」を名乗る犯行声明は後日、別人に書かせたものだという。

 阪神支局襲撃にはバイクを使用し、複数回の下見の後、関西系暴力団に所属する案内役兼運転手と、男の手下で見張り役らの複数で実行。事件から10年後の97年、見張り役の男が自殺したことから、真相を表に出したいという思いを強くした。

 2004年、刑務所収監時に朝日新聞東京本社や阪神支局に手紙を送付し、記者2人との特別面会が実現したが、刑務所の面会室で、記者の1人に高圧的かつ直接的に問いただされたことから面会は決裂。今回の独占手記につながったという。

ZAKZAK 2009/01/28

http://www.zakzak.co.jp/gei/200901/g2009012817_all.html

 今回の事件ですが、謎は深まるばかりです。
 この犯行手記を週刊新潮に発表した人物に関して、朝日新聞社は本人と会って取材までしているのに、紙面ではまったく報道していなかったという事実です。

 朝日新聞社はこの事件が時効を迎えるまで、5月3日の前後にはかなりの紙面を割いて報道していましたが、自ら犯人であると名乗りを上げた人物に関して、読者に一切知らせなかった…。その理由とは一体どこにあるのでしょう?

 実は今回の手記はかなり重要な意味を持ちます。それはこの犯行手記の中に書かれてあります。まだ、発売前なので詳しくは触れることは避けますが、この朝日の記者がこの人物と刑務所内で面会した時の、朝日新聞社の記者の言葉にそれは表れています。

「小尻は何か、虎の尾でも踏んだのでしょうか?」

 これは極めて重要な言葉です。朝日新聞社は小尻記者が殺害されたのは朝日新聞社に反感を持つ、そのような右翼思想の人間に襲撃されたと言ってきました。

 しかし、この「小尻は何か、虎の尾でも踏んだのでしょうか?」という問いかけは、これまで朝日新聞社が報道してきたその「思想犯」とは、まったくかけ離れた犯人像を朝日新聞社が考えていたということを暗示させるものです。

 この面会した朝日新聞社の記者の言葉から察すれば、この阪神支局の襲撃事件に関して、朝日新聞社は思想性の理由からではなく、また別の理由から襲われて小尻記者は殺されてしまったと考えていたということになります。

 小尻記者が事件前に何を取材していたのか、その取材の中で相手方を追い詰めるだけの重要な証拠なり証言を取ったために、口封じのために殺された…。朝日新聞社の面会した記者の質問内容から、それが読み取れます。

虎の正体を朝日新聞社は知っています。

 思い当たることがあるからこそ、そのような言葉が出たのでしょう。しかし、読者には一切そのことは知らされてはきませんでした。この事件は右翼の思想性をもった事件に便乗し、何者かが「殺し屋」に依頼して口封じに及んだ。

 そして、その何者か。つまり虎の正体については朝日新聞社は知っていながら、それをこれまで隠し続けてきたとも考えられます。

朝日新聞社に問いたい!

 早急に小尻記者が殺される前に、取材していた事件を明らかにせよ。そしてこれまで秘密にしてきた全ての経緯を明らかにせよ。

 私は今回の手記が明らかにされたこの時期に、日本独立義勇軍と赤報隊に関して、連載記事をこのブログで書くことにしました。

 私はこの事件には何の関わりもありませんが、当時、兵庫県警から執拗に会いたいと連絡を受けていた。

 私が田舎に帰って稲刈りをしている時のことです。もう何年頃の出来事かも忘れましたが、稲刈りをしていると、リンゴの木の下で私を見ている4人ほどの男がいた。

 気になって近づいて訊くと、兵庫から来たと言う。田舎で4人もの男が背広姿で私を見張っているようで目立って仕方がない。私は帰ってくれるように言った。

 彼らはそこを離れようとしませんでした。私が警察への協力を一切拒否していたので、彼らは嫌がらせの手段に出たと思いました。両親に迷惑をかけたくないので、仕方なく場所を改めて会う約束をして帰ってもらった。

 当時の記憶を思い出しながら、明日から連載記事を書くつもりです。また別エントリーも従来どおり上げていきます。この連載に関しては、投稿コメント欄には、これまで通りニュースのお知らせや、それに関する意見は歓迎します。関連性のないものでも結構です。

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2009年01月28日

「赤報隊」が実名で告白手記

「赤報隊」が実名で告白手記

  
朝日新聞阪神支局“襲撃犯”が週刊新潮で実名告白

 1月28日19時6分配信 産経新聞


 1987年5月に、朝日新聞阪神支局に何者かが押し入り、散弾銃を乱射して記者1人が死亡した「警察庁指定116号事件」(時効)の実行犯を名乗る男が、29日に発売される週刊新潮に、実名で犯行を告白する手記を寄せていることが分かった。

 記事によると、男は都内の元右翼団体構成員で、誰もが知る“公的な組織に属する人物”から「朝日を狙ってくれ」と金で依頼され、東京本社、阪神支局、名古屋本社寮、静岡支局の順で襲撃したと告白している。動機については、怨恨や思想的背景はなく記者1−2人を殺害するのが目的だったとしており、「赤報隊」を名乗る犯行声明は、別人に書かせたという。

 同事件は、87年5月3日午後8時すぎ、朝日新聞阪神支局で男が散弾銃を乱射し、居合わせた小尻知博記者(当時29)が死亡。もう1人が重傷を負った。2002年5月3日に公訴時効が成立している。
 
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090128-00000581-san-soci


  明日発売の週刊新潮に朝日新聞阪神支局に押し入って散弾銃を発射して朝日新聞社の記者1名を射殺、もう1人にも重傷を負わせた犯人が、実名で告白文を寄せていることが判明しました。

 まだ、発売前なので詳しくここで書くことは出来ませんが、この事件について関心を寄せてきた私にとっては余りにも意外な展開と言うか、告白文なので正直驚いています。

 明日発売されれば大騒ぎとなるでしょうし、本当に信憑性のある告白記事なのかも含めて検証されることになるのではないでしょうか。私が意外な展開であると率直に感想を書いたのは、これまで私が思い描いていた犯人像とはかなりかけ離れた人物であるからです。

 この告白手記の人物は犯行声明は他人に頼んで作ってもらったものであり、自分達も依頼されて行なったもので、あくまでも「実行犯」だということだ−と述べています。

 この『赤報隊』の事件については、唐突に朝日新聞社の阪神支局が狙われたのではなく、その前に日本独立義勇軍という組織による神戸の米国領事館に対するタイマツ放火事件があります。

 この阪神支局銃撃事件の前の本社への銃撃事件では、犯行声明には『日本独立義勇軍 別働 赤報隊』と記されていました。後にこの日本独立義勇軍という名称は消えてしまいます。

1987年1月24日 朝日東京本社銃撃事件の犯行声明文 

 告

われわれは日本人である。

日本に生まれ 日本に住み 日本の自然風土を母とし

日本の伝統を父としてきた。

われわれの先祖は みなそうであった。

われわれも われわれの後輩も そうでなければならない。

ところが 戦後四十一年間 この日本で日本が否定されつづけてきた。

占領軍政いらい 日本人が日本の文化伝統を破壊するという悪しき風潮が

世の隅隅にまでいきわたっている。

およそ人一人殺せば死刑となる

まして日本民族全体を滅亡させようとする者にいかなる大罰を与えるべきか。

極刑以外にない。

われわれは日本国内外にうごめく反日分子を処刑するために結成された実行部隊である。

一月二十四日の朝日新聞社への行動はその一歩である。

これまで反日世論を育成してきたマスコミは厳罰を加えなければならない。

特に朝日は悪質である。

彼らを助ける者も同罪である。

以後われわれの最後の一人が死ぬまで この活動は続くであろう。

日本人のあるかぎり われわれは日本のどこにでもいる。

全国の同志は われわれの後に続き 内外の反日分子を一掃せよ。


二千六百四十七年 一月二十四日

                   日本民族独立義勇軍 別動

                       赤報隊一同

−とすると、日本独立義勇軍とはまったく関係がなかったのか? 日本独立義勇軍は単に名前を貸したか、利用されたということになります。
 いずれにしてもまだまだ次回の手記を待たねば今のところは何も書くことが出来ません。

 この日本独立義勇軍の米国領事館への犯行声明は、非常に思想性を感じさせるものでした。今回はその日本独立義勇軍との関連は一切書かれていません。明日以降、この事件の再検証を試みるつもりです。

 

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竹中平蔵は<負の遺産>にも目を向けよ!

竹中平蔵は<負の遺産>にも目を向けよ!

自説の強弁だけでは国民の共感は得られない


 朝のエントリーに引き続き元外務官僚の「天木直人」氏のブログの紹介から入ることにします。
 別にこれは天木氏をヨイショしているわけでなく、今回たまたまそうなったということです。

 [公式] 天木直人のブログでは金融危機の際に下記のような文章がありました。小泉政権の経済政策に言及し批判したものです。

 そしてグリーンスパンはついに次のように自らの誤りを認めたのだ。

 「金融機関が自己利益を追求すれば、株主を最大限に守ることになると考えていた。私は過ちを犯した」

 グリーンスパン一人の責任にするのは酷だろう。

 大統領選挙を控え、彼がスケープゴートにされたという側面もあるかもしれない。

 しかし、やはり彼は最大の責任者の一人であることは間違いない。

 それにしても、と思う。

 金融政策のマエストロ(巨匠)と異名をとった米経済界の重鎮が、その老体を前にして、それまでの名誉をかなぐりすて、ここまで潔く自らの誤りを認めるとは。

 その一方で、その重鎮をここまで追い詰めることのできる米国議会の公聴会と、つねに追及不足、消化不足のわが国の国会質疑の、彼我の違いの大きさはどうか。

 今からでも遅くない。国会は小泉5年半の経済政策の責任を国民の前で徹底的に検証すべきではないのか。

http://www.amakiblog.com/archives/2008/10/25/#001200

 
>今からでも遅くない。
>国会は小泉5年半の経済政策の責任を国民の前で徹底的に検証すべきではないのか
。

 国会は政局絡みで忙しいので、このような検証をやっていられないでしょう。そこでこの問題を少しだけ取り上げてみることにしたいと思います。

 私は小泉元首相を支持していました。それはシナ・朝鮮の内政干渉まがいの対日外交に関して、小泉首相が毅然たる態度で臨んだからです。決して内政面全てにわたって支持していたわけではありません。

 特にこの竹中平蔵という人物は嫌いでした。この人が推し進める構造改革路線には胡散臭さを感じていましたし、性急過ぎる規制緩和には反対でした。

 この竹中平蔵氏ですが、任期を4年残して政治家をお辞めになって慶応義塾大学の教授に復帰した。おとなしく学業に専念するのかと思いきや最近はまたテレビに出まくっています。

 小泉政権時代は構造改革路線の旗頭として盛んにテレビ出演していましたが、また最近になってやたらとテレビに出るのは、やはり自分に対する風当たりが強まっている風潮にじっとしていられないからでしょう。

 このところ、小泉首相(当時)と竹中平蔵が推し進めた構造改革路線を否定的に捉える論調がマスコミでは多くなってきた。特に週刊誌メディアなどでは、この路線による<負の遺産>が指摘されています。

 鳩山邦夫総務相が郵政民営化で一括売却が決まっていた「かんぽの宿」の売却先がオリックスであったことで、ストップをかけたのもこのような負の遺産を意識してのことでした。

 竹中氏は今でも構造改革路線は間違いではなく、それを中途半端にしているから、逆に不況に耐えられない状態にあると強弁している。構造改革が停滞していなければ今回の世界同時不況などで日本が慌てふためくことなどなかった−と言い切っています。

 竹中氏は非常に話術が巧みです。だからテレビ討論などでは、いつも彼が相手を打ち負かしているようにしか見えません。しかし、この場に及んでもそのような話術だけで相手を凌駕されても困ります。

 白を黒と言い含める話術に長けていても、もうメッキが剥がれてきています。この人物がもう少し謙虚な姿勢で、構造改革路線の影の部分も語らなければ、誰もこの竹中氏の話をマトモに聞こうとはしなくなるでしょう。

 今回の世界同時不況は竹中氏の責任ではありませんが、その影響を受けた日本において様々な問題が噴出し、それが構造改革路線の失敗と結び付けられて語られています。

 失敗と言うか余りにも急ぎ過ぎた規制緩和などによって日本経済が
混乱して、それを未だに引きずってきたことは紛れもない事実でしょう。まったく誤りがなかったなどということではない筈です。

 今後も手厳しい竹中批判が起きることでしょうが、そのことに関して真摯な態度で語ることなく、ただ自説を語るのみでは、決して国民の共感は得られないことを知るべきなのではないでしょうか。

☆動画の紹介

1/6第六回池袋中華街構想粉砕街宣その1【まき・村田・金友編】
PeeVee.TV版
YouTube版

2/6第六回池袋中華街構想粉砕街宣その2【桜井・有門・まき編】
PeeVee.TV版
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3/6第六回池袋中華街構想粉砕街宣その3【西村・せと編】
PeeVee.TV版
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4/6第六回池袋中華街構想粉砕街宣その4【若手弁士編】
PeeVee.TV版
YouTube版

5/6第六回池袋中華街構想粉砕街宣その5【チャンコロ編】
PeeVee.TV版
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6/6第六回池袋中華街構想粉砕街宣その6(最終)【移民1000万人反対編】
PeeVee.TV版
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