2005年10月21日
共産中国と日本左翼勢力の叫ぶ『極右・軍国主義』論はまやかし!
「反日」=「極右」=「日本軍国主義」には
何の論証も根拠がない。
共産中国のおびただしい「反日サイト」を見ると、そこには「極右台頭」とか「軍国主義復活」などという文字が躍っている。しかし、この二つのスローガンは現状における日本を正しく示していないことは、当の日本人なら小学生のレベルでも分かることだ。
「極右台頭」や「軍国主義復活」の二つの主張は、何の論証も根拠もない。いい加減な言いがかりに過ぎない。しかし、これを笑い飛ばしておくわけには行かない。何故なら共産中国に対しては、その都度反撃しておかねば、益々増長してくるからだ。
かって日本の訪中団に対して周恩来首相は、日本軍国主義を説明するのに三島由紀夫先生の自衛隊員に決起を呼びかけた義挙や日本のヤクザ映画を引用したという話がある。高名な指導者からしてこの程度の認識であった。
中国や韓国が唱える日本軍国主義論に我が国の実情をよく知る一部の反日新聞社も共感を示している。「日本は軍国主義の国ではないが、その方向に行きつつある。」などと時折報じている。
この日本軍国主義論は我が国の客観的事実を諸条件を冷静に分析したものでないことは明らかだ。これは彼ら「反日勢力」の戦略戦術上から発せられる扇動プロパガンダに過ぎない。
かって左翼勢力は反戦・平和をスローガンに大衆動員を図ってきた。敗戦によって国民の間に重くのしかかった厭戦感情を利用した日本の左翼革命運動であった。革命を成功に導くためにはそのような闘争的なスローガンが必要であったわけだ。
現在における共産中国においても、同じように「日本軍国主義復活論」という扇情的なスローガンは必要となっている。60年にも及ぶ一党独裁政治体制を守っていくためには、国民に簡単で分かり易いスローガンを与えるのが手っ取り早い。
中国共産党が一般大衆の不満をそらすために、その不満の捌け口として用意されたのが「反日」=「極右」=「日本軍国主義」論なのである。この自らの国家体制を守るために叫ばれるスローガンに共鳴して大騒ぎする日本の「対中協力者」の存在の方こそ問題である。
日本の左翼・マスコミ勢力は中国共産党の「対日世論工作」の一員ともいうべき働きをしている。これは日本という国家に対する裏切りであり許せるものではない。日本軍国主義復活論などは論などというものに価しない偽論でしかないのだ。
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2005年10月20日
極右とは何か〜 懐かしの2ちゃんねる大論争 (23)

天皇〜神の国〜日本民族を考察するその2
2ちゃんねるにて、この投稿を続けている頃は森首相の時で、日本は「神の国」発言を巡って騒動が起きていた。この発言に対してマスコミが余りにも軽率な発言と批判して、森首相も反論することなく引っ込めてしまった。このような経緯もあってネットでも<天皇>の問題が盛んに取り上げられていた
>皆さんへ、
私の考えが皆さんになかなか伝わらないようです。私の説明が悪いのかもしれません。もっと、もっと高名な天皇<制>の論客もおられるでしょが、残念ながらそのような先生はインターネットの掲示板には投稿していただけない。暫くは私の主張にお付き合いください。
>三郎さんへ
我が国における極右勢力の中で、最近縄文文化を見直すべきだとの主張がなされていますが、これは日本における新しい極右運動に天皇は必要ないとの考えかもしれません。しかし、私はこの考えは間違っていると思います。ナチズムの根底にはゲンマン人の神話がありました。神話を抜きにした運動はなりたちません。日本において天皇<制>と神話は切り離すことが出来ないのです。
三郎さんが言われるような天皇<制>と新しいファシズム運動が融合しないとなれば、このような縄文文化まで遡らなければいけなくなるのです。確かに縄文文化は存在し、その頃には土着的な偶像崇拝の信仰があったことは事実でしょう。しかし、それが存在し弥生文化より先にあったということだけでは意味をなしません。今日までそれが行き続け守り通されてきたかが大切なのではないでしょうか。
>アナーキストさんへ
天皇ありきで日本を語るなと言われますが、天皇を日本の政治・社会を語ることは出来ません。皆さんの家には神棚がある筈です。祀られているのは天皇家に通うじる神々です。3月3日のひな祭りに人形を飾るのも、宮中の内裏の生活の模様を表しています。お正月に読まれる「百人一首」も京中に風流でした。このような風習が全国の農村漁村の津々浦々に至るまで、各家庭に広く祝いの様式として取り入れられてきました。こうような観点から見ても天皇<制>を離れて日本を語ることなどできません。
個人に個性があり自我があるように、国家にも固有性があり独自性がある。個人にとって個性や自画を失うことは己の喪失を意味する。同様に国家にとっては固有性、独自性を失うことは国家の滅亡を意味する。
そのような意味で、私は日本=文化=天皇<制>を論じています。
>489さんへ
「単に天皇について無関心の人をどう思われますか?」との質問ですが、私の意見を申し上げれば、そのような人が増えることを残念に思わないわけにはいきません。何故ならやがてこの日本という国の衰退に結び付くと憂慮するからです。
これまで為政者は一様に目先の経済的利益追求を急ぐ余り、一国の経済発展の原動力である民族的活力の重要性を看過してきた。そして国家の誇りや尊厳を軽視し、むしろ民族的活力を減殺する方策を採ってきたのです。日本が年々弱体化して行くのはそのためであると考えます。
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2005年10月19日
靖国参拝でこれ以上の譲歩は許されぬ!!
首相の行動を批判する国内の
“日和見主義者”を徹底糾弾しよう!!
中韓など周辺国が国を挙げて反発を示す、この状況こそは正に日本国が一致団結して立ち向かうべき国難である。
共産党や社民党をはじめ非武装反戦平和などという夢想を未だに説く輩が小泉純一郎首相の参拝に異を唱えるのは今や慣例行事であり、ここで云々するまでもない。中国や韓国が反発を示すのも毎度のことだ。別段、驚くに価しない。
問題は、本来こうした国の危機に与野党の立場を超えて支持・共闘すべき野党第一党たる民主党のリーダーが国内外の参拝反対派に与しているということである。
民主党代表の前原誠司だが、この若きニューリーダーは就任当初より韓国要人との会談の席上などにおいて、小泉首相の靖国参拝に反対を表明していた。
「靖国神社にはA級戦犯が合祀されており、首相は参拝すべきでない」
併せて前原はA級戦犯に言及し「内外で被害者を出した戦争の責任を負うけじめが必要。死後は神仏になるという考えもあるが、政治は結果責任であり、現役政治家の甘えにつながる。人生を終えても責任を取り続けるからこそ、国民の負託を受けている」として、日本人の死生観さえも否定する中国側の意に沿う形の論を展開している。
もし、これが菅直人や鳩山由紀夫あたりの台詞であったとしたら、ここまで国の行く末を憂慮したりすることもない。何せ彼らには韓国で収監されていた北朝鮮工作員の釈放運動に加担したり、教科書採択問題では韓国にまで飛んで火に油を注ぎ、ミサイル防衛構想では中国側をなだめることに躍起になっていた�狒芦吻瓩�あるからだ。おそらく鳩山・菅両氏に対して多くの人は期待していないだろう。また、自民党内でも河野洋平や加藤紘一らは例のごとく参拝を厳しく批判していたが、こちらも論外としておく。
しかし、前原誠司と言えば憲法改正案では明確なビジョンを持ち、日本国の主権に沿った主張を展開し得る政治家であるとの期待が高かっただけに、その変節ぶりには落胆させられたものである。いや…強硬なタカ派とは有権者側の勝手なイメージであったと解釈するのが妥当かも知れない。
代表就任以降、挙党体制の構築と自民党との�牋磴き瓩頬杼�する前原氏だが、与党との違いを鮮明にするなら「何故、8月15日に参拝に行かないのか!?平成13年の時点でその公約を破った小泉首相は切腹するべきだ」とまで言い切る野党が存在しない状況を我々は憂いている。本来、野党にはそのような見地から与党を批判する政党が存在して然るべきではないのか。
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