2024年01月21日
日本、月面着陸成功
日本、月面着陸成功
科学者の努力に敬意
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日本初の月面着陸が成功した。これで米国、ロシア、チャイナ、インドに継ぐ、5番目の国となりました。
しかし、快挙であるはずなのに宇宙科学研究所の所長は「ぎりぎり60点の成功」と辛口の評価しかしない。
国民もそれほど沸いていない、しかし私は卒直に評価したい。前回の軍事衛星の成功は日本の防衛に著しく貢献した。
この次は日米で共同開発している次の事柄です。
次なる課題に向けて、宇宙開発は日本の命運をかける大切なものなのです。
科学者の努力に敬意
日本初の月面着陸が成功した。これで米国、ロシア、チャイナ、インドに継ぐ、5番目の国となりました。
しかし、快挙であるはずなのに宇宙科学研究所の所長は「ぎりぎり60点の成功」と辛口の評価しかしない。
国民もそれほど沸いていない、しかし私は卒直に評価したい。前回の軍事衛星の成功は日本の防衛に著しく貢献した。
この次は日米で共同開発している次の事柄です。
MDRは宇宙空間を利用したミサイル防衛を推進する方針を強調した。ミサイル発射からの軌道を世界規模で追跡できるセンサーを宇宙に設置。地上配備のセンサーでは追跡が難しいとされる極超音速兵器への対応を急ぐ。
国防総省高官は「数年間で実用化できる技術がある」と説明した。レーザー兵器などを衛星に搭載し、宇宙からミサイルを迎撃する構想の検討も始める。
発射の初期段階でミサイルを撃ち落とす計画も進める。最新鋭ステルス戦闘機「F35」やレーザー兵器を搭載したドローンを利用した迎撃も検討課題に加えた。
国別では、北朝鮮のミサイル開発について「大きな脅威だ」との認識を示した。トランプ大統領は2018年6月の米朝首脳会談後に「北朝鮮の脅威はなくなった」と指摘したのとは対照的だ。
以上次なる課題に向けて、宇宙開発は日本の命運をかける大切なものなのです。
2024年01月20日
対外世論調査
対外世論調査
嫌いな国、共産シナ、ロシア、韓国は改善
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日本人は共産シナが嫌いだ。シナに親しみを感じない人は87パーセント、ロシアに親しみを感じない人は93パーセントに達した。
シナを嫌いな日本人はいつもの通りですが、今回は原発処理水を核汚染水などと言い、いちゃもんをつけ日本の海産物を輸入禁止にした。
日本人が一番嫌いなのにマスコミは親シナであり、政界にも親シナ派が多い。不思議な国です。これまでは常に過去最高の国でした。
今回新たに登場して来たのは、ロシアです。ウクライナ侵攻や、領土問題も関係している。シナとの連携にもあるのでしょう、核兵器の使用をちらつかせることも嫌われる結果となった。対して韓国を嫌う日本人が少し減りました。
過去最低だった反日政権の時の26パーセントから親しみを案じる人が56パーセントに上昇しました。現在の政権はこれまでと違い、関係改善を図っています。
さて、ここで政治を離れてみると、韓国からの訪日する若者が多い。これは以前からの傾向で政治と文化などは関係ない、次に多いのがシナ人です。近いという理由はあるが、これも若い人が多い。近年は観光立国を目指座しているので、白人も多い。
日本の文化が世界に広まるのは大歓迎ですが共産シナ人が来ることだけは本当にいやだ。台湾人は大歓迎です。
嫌いな国、共産シナ、ロシア、韓国は改善
日本人は共産シナが嫌いだ。シナに親しみを感じない人は87パーセント、ロシアに親しみを感じない人は93パーセントに達した。
シナを嫌いな日本人はいつもの通りですが、今回は原発処理水を核汚染水などと言い、いちゃもんをつけ日本の海産物を輸入禁止にした。
日本人が一番嫌いなのにマスコミは親シナであり、政界にも親シナ派が多い。不思議な国です。これまでは常に過去最高の国でした。
今回新たに登場して来たのは、ロシアです。ウクライナ侵攻や、領土問題も関係している。シナとの連携にもあるのでしょう、核兵器の使用をちらつかせることも嫌われる結果となった。対して韓国を嫌う日本人が少し減りました。
過去最低だった反日政権の時の26パーセントから親しみを案じる人が56パーセントに上昇しました。現在の政権はこれまでと違い、関係改善を図っています。
さて、ここで政治を離れてみると、韓国からの訪日する若者が多い。これは以前からの傾向で政治と文化などは関係ない、次に多いのがシナ人です。近いという理由はあるが、これも若い人が多い。近年は観光立国を目指座しているので、白人も多い。
日本の文化が世界に広まるのは大歓迎ですが共産シナ人が来ることだけは本当にいやだ。台湾人は大歓迎です。
2024年01月18日
自叙伝 大日本愛国党
自叙伝 大日本愛国党
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私が大日本愛国党に興味を持ち、入党を考えたのは事実でした。
しかし、当時の私は政治家になろうとしていたのも事実でそこまでの勇気はなかった。当時の私は自民党に席をおき、福島民主主義研究会と言う名で、活動していた。自民党会館で勉強会を開きそこで学んでいた。
メンバーは駐在員の国士舘を卒業したばかりで、それでも最年長、一人は地元国会議員の秘書、そして戦前の国柱会(法華宗系在家仏教団体)の信者の牧場経営者などでした。この宗教法人国柱会との関係はその後の私の人生に少しだが影響を与えた。
この自民党にいたことで、私は愛国党とは違った右翼の道に進むことになる。自民党にいた時に糸山英太郎と言う人物が、参院の全国比例区に出馬した。
その時に私は一番若かったので、その選挙運動の手伝いをさせられた。選挙運動をする中で東京の右翼団体の人間と知りあった。それが民族思想研究会の篠原節と言う人物でした。
この選挙で自民党は大敗をし、共産党が伸びた。私は危機感を抱き、この篠原会長の所に行きいろんな話を聞くようになる。
数週間後、篠原会長から誘いがきた。東京で初めて勉強会に出た。小玉誉士夫という人物の話でした。その時にいたのが、時の大蔵大臣水田三喜男。時の大蔵大臣が小玉誉士夫に頭を下げる光景に正直ショックを受けた。そこから、私の右翼活動が始まる。
私が大日本愛国党に興味を持ち、入党を考えたのは事実でした。
しかし、当時の私は政治家になろうとしていたのも事実でそこまでの勇気はなかった。当時の私は自民党に席をおき、福島民主主義研究会と言う名で、活動していた。自民党会館で勉強会を開きそこで学んでいた。
メンバーは駐在員の国士舘を卒業したばかりで、それでも最年長、一人は地元国会議員の秘書、そして戦前の国柱会(法華宗系在家仏教団体)の信者の牧場経営者などでした。この宗教法人国柱会との関係はその後の私の人生に少しだが影響を与えた。
この自民党にいたことで、私は愛国党とは違った右翼の道に進むことになる。自民党にいた時に糸山英太郎と言う人物が、参院の全国比例区に出馬した。
その時に私は一番若かったので、その選挙運動の手伝いをさせられた。選挙運動をする中で東京の右翼団体の人間と知りあった。それが民族思想研究会の篠原節と言う人物でした。
この選挙で自民党は大敗をし、共産党が伸びた。私は危機感を抱き、この篠原会長の所に行きいろんな話を聞くようになる。
数週間後、篠原会長から誘いがきた。東京で初めて勉強会に出た。小玉誉士夫という人物の話でした。その時にいたのが、時の大蔵大臣水田三喜男。時の大蔵大臣が小玉誉士夫に頭を下げる光景に正直ショックを受けた。そこから、私の右翼活動が始まる。
