2024年01月31日

岸田総理の野望

岸田総理の野望

解散を狙う野望と失敗


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岸田総理がここに来ていやにご機嫌そうだ、内閣の支持率もそこそこ上がり自分の政策が支持されていると勘違いしている。しかし自民党の支持率は下がった。

救いは立民は上がらない、自民党の五分の一以下でもう維新にも迫られている。共産党も振るわない。

野党で唯一元気なのが山本太郎だけか?

岸田はやる気満々だそうだ。自分の派閥もパーティー券のキックバック受けていて、しかも派閥の会長でもあった。旧安倍派にだけ責任を取らせ、離党まで迫る。同じ派閥の二階派は大臣のポストを更迭しない。安倍派の閣僚は更迭した。

指揮権発動の法務大臣は検察が裏切りをしないように考えての対策だ。

茂木を幹事長に据えて生き残りを図ろうと必死だが、その茂木派は空中分解した。次々に脱会して、残りは数人か?

 麻生派の麻生氏とは実は仲が悪い、だから上川外務大臣の容貌を茶化す。風が吹けば自民党大敗の予想もでる。愚かな人物です。


自叙伝  使途不明金(3)

私が使途不明金と言う単行本を出せたのも岩崎先生のおかげでした。

岩崎先生と知合わなければ出せなかった、私は先生の仕事をしていた時にある人物の自宅に行きました。「めくらのお市」と言う漫画を描いた人でした。

棚下 照生(たなか てるお、本名:田中 輝夫(読み同じ) 、1934年3月22日 - 2003年)は、日本の漫画家。児童向け剣戟漫画で人気となったが、その後は青年誌に活動の場を移し、「女侠客・股旅もの」の作品を多数発表、映像化作品も多い。代表作は『ヒマラヤ天兵』『めくらのお市物語』『旅がらすくれないお仙』など。妻は元女優の松山容子。

以上

何に驚いたかと言えば松山容子さんが、エプロン姿でお茶を持ってきたからです。

昔琴姫七変化のテレビドラマを見ていたその人でした。その後パーティーなどでお会いした。本当に美人でした。憧れの人なのでそう見えたのかも知れません。

いまも、ユーチューブで見られるようです。
  
Posted by the_radical_right at 08:05 │ mixiチェック │自叙伝 

2024年01月30日

自叙伝 使途不明金 (2)

自叙伝 使途不明金 (2)

福島県を揺るがす


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私は市内で怪文書を見つけた。


昭和53年9月頃でした「どこへ消えた200億円、暴かれたドラキュラ小針の正体」と書かれた文書でした。


怪文とは出所不明の文書であり、誰が書いているものか不明でした。


政商とか、怪商とも呼ばれる不可解な人物である。

しかし、その人物は福島交通、福島民報という、公共性の高い会社の社社長です。

私は興味を持ち調べ始め、その結果を書き始めた。

ルポルタージュというペラペラの裏表2面それを数百部刷り配ることにした。それが意外に好評で資金が寄せられた。

購読料一万円で私の口座に30万円が振り込まれた。

気をよくした私は本格的に調べて取材を始めたのがその直後。

昭和59年3月23日の朝日新聞の県内版に書かれたのは7日後です。

50億円の使途不明金がありその大半があると書かれてあった。

実はこの頃私のルポルタージュは、
既に30回以上になり、この間、私が出す新聞は100部を超えていた。

マスコミ各社も報道し始め、私も報道特集なるテレビ番組に出演した。


昔はこの映像もありましたが、今はネットにはありません。


昭和53年からマスコミがこぞって報道する前の6年の間、私が何をして食べていたのか、それを疑問に思った人もいるかもしれません。


私はすぐにそのグループというか、リーダーの人とお会いした。それを紹介したのは、
徐才喜の冤罪事件を掲載した、政経東北の社員でした。

この6年間、私は東京である雑誌『フリーライター
』の編集部で働いていた。それが岩崎定夢氏という恩師の経営するフリーライター社です。

この先生とは長い付き合いとなります。

岩崎先生のところで働く前に私が勉強のために訪れていたのが、正論新聞を出していた、三田和夫先生です。

横井英樹襲撃事件で犯人隠避容疑により逮捕される。25日間を留置場ですごし帰宅する。当時の新聞で、自身が愚連隊の一味として書かれていたという。読売新聞を退社し、翌年に三田コン株式会社を設立するも、2年ほどで倒産してしまう。以後、フリージャーナリストになる。

1967年、株式会社正論新聞社を設立する。1968年2月、松本清張の小説『深層海流』に三田の『赤い広場―霞ヶ関』からの盗作が十数か所見られるとして松本を著作権侵害で告訴するが、同年7月不起訴処分となった。


以上

三田先生は、横井秀樹を襲撃した犯人を庇ったとして読売新聞を退社させられた。

私が三田先生の事務所に行くと、正論新聞が高く積まれていた。

この新聞を福島に戻ってばら撒けと少しばかりの経費を貰いばら撒いた。

三田事務所に戻って私のルポルタージを見てもらうと、次のように言われた。

新聞とは横タイトル、縦タイトルがあって、写真を一枚か二枚、後はどぎつい言葉で書く。

相手が自分が攻撃されて居ると分かればそれでよい、そこが重要なところだ。

なるほどと思った。

明日からまた現在の問題を取り上げます。


  
Posted by the_radical_right at 08:48 │ mixiチェック │自叙伝 

2024年01月29日

角福戦争

角福戦争と福島

マスコミデビュー

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昭和50年代前後に自由民主党内で繰り広げられた、田中角栄と福田赳夫との間の政争。佐藤栄作首相の後継を巡る争いに端を発し、一般に田中派が勝利したとされる。

私はこの時に取材した内容を単行本にまとめ出版しました。『使途不明金』という題名でした。

財界を揺るがす小針歴二「福島交通、福島民報疑惑」――どこに消えた疑惑の実弾・黒い現金。福島交通、福島民報の幹部が証言した・驚くべき真実。

日本債権信用銀行と結託して政治権力を背景に利権を漁り、一介の不動産会社から、中央政界にまで影響力を広げた小針コネクション、東北の小佐野とまで言われた、その全貌に迫る。

小針は福田赳夫に巨額の献金をして支えていた。対して田中人脈は激しく抵抗していました。

お詫び

本日はまたパソコンが調子が悪いので、これで終わります。
  
Posted by the_radical_right at 08:06 │ mixiチェック