本当にお世話になった恩人)
私は若い頃事件を起こして福島に入れなくなり上京した、その足で
山谷に泊まり職を探すために新聞紙のアルバイト募集をみて、そこ
を訪ねた、そこはエロ本を作る会社で好ましいとは思わなか
ったが、とりあえずそのアルバイトを始めたそこは後に直木賞を
とった清水正二郎という文豪の事務所でした、先生はエロティック
本を人生一番描いた人で有名な方でありすごく豪傑な方でした
いろんな事を教わりました、ただのエロだけではなく同性愛、エス
エムなど多数です、それも自分で考えての事でした、エロの原稿
は高い私は書きまくったがそうそうアイデアは出ない、そこで思っ
たのが事務所にあった、外国のエロ本である学のある人はそれを読
参考にしていた、しかし私はそんな学はない、そこで外語専門学校
の掲示板にアルバイト募集のを貼った、特にオランダ、フラン
スなどであり、それを翻訳してもらい書き写した
いつまでもいることはできないので、先生に言うと岩崎先生を紹介
されました、岩崎先生は快く私を置いてくれ、学ばせてくれた、岩
崎先生は当時漫画を描く人の主筆に取り組んでいた漫画家をたずね
た、その家でお茶出してくれたのは若いころからテレビで見てい
たのが松山松山容子さんでした、漫画家は「めくらのおいち」
という漫画を連載していた人でした
今は少しリハビリで散歩するだけで時間を過ごすのはネットです
無料で見れる今はほとんど見ない時代劇を楽しんでいるが、思い
だして検索していると琴姫七変化が出てきたので懐かしくそれをみ
たその後同じく松山容子さの現状とか様々な情報が出てきます
間違いもあるのでこの自叙伝に書いておこうと思ったわけです
彼女を見たのは「めくらのおいち」という題の漫画を連載していた
漫画家でした、娘さんがおり、その後も岩崎先生主催のパーティー
で何度もお会いしました
Windowsでは息子?とでていたので間違いと思いここでかきました
息子ではなく、娘さんです
