西欧日本は?
Posted by 日本の愚かなパヨクたち at 2024年06月18日 23:41
以上
私がブログを書き始めたのが19年前、題名は「極右評論でした。その頃、「ごくう」と
よむのですか?との問いを受けた。今はきょくう」と誰もが読む、極左はあったが、なぜか
極右はこれまで日本社会にはなかった、右翼という文字は定着したが極右という文字はなぜ
かマスコミは最近まで右翼政党などと呼び極右という文字は使用しないできた。
私の2005年のブログを紹介しましょう。
私がブログを書き始めたのが19年前、題名は「極右評論でした。その頃、「ごくう」と
よむのですか?との問いを受けた。今はきょくう」と誰もが読む、極左はあったが、なぜか
極右はこれまで日本社会にはなかった、右翼という文字は定着したが極右という文字はなぜ
かマスコミは最近まで右翼政党などと呼び極右という文字は使用しないできた。
私の2005年のブログを紹介しましょう。
極右とは何か・・・懐かしの2ちゃんねる大論争 連載 (1)
極右の理念と思想を語る
「何時の時代でも人は過去から解放されなければならない。」
「何十年たっても謝罪し続けなければいけないのか、という感情を国民にうえつけるだけだ。」
「過去にこだわり、堂々巡りしている必要はない。」
戦勝国が半世紀の歳月を経過しても尚敗戦国に強要する謝罪と補償。
これをきっぱりと否定して見せたのは、現在時の人となったオーストリアの極右政党の指導者ハイダー党首である。
彼を私は「希望の星」と呼ぶ。
戦勝国による精神的な支配と呪縛の暗闇の中で、ひときわ輝く星だからだ。
2000年 2月3日(木)11時13分 投稿者 瀬戸弘幸
私はこの頃、2ちゃんねるというサイトで、極右論者として盛んに発言をしていた。ハイダー党首は過去からの決別と未来への展望を熱っぽく語りかけていた。
私も彼に見習い若者に同じように過去からの決別を訴え続けた。
そこには多くの若者が「極右」とは何か?「右翼」とは何がどう違うのかと質問が相次ぎ、左翼や市民派が入り乱れ大論争が起きた。
しかし、伝統的な国粋主義右翼やこれに反発して生れた新右翼は現れることはなかった。
時代の流れは新しい民族主義、『極右』の時代の到来を告げているようだった。
つまり私は最初から極右を名乗っていた。おそらく私以外にはいないのではないか?
この長い歴史の中でも私しかいないのではないか?
是非とも極右」の歴史という単行本を書いてみたい。その本そのものが私の自叙伝にもなる。
さて、思い出したハイダー党首にあこがれ海を渡りオーストリアに移住した、の本人が
いた。彼が本当に極右の歴史を語れる人間でしょう。
ハイダー氏はバイク事故で死亡した。暗殺されたのだと思った。
日本にも極右の時代がきた。誰か若者が設立して欲しい、私が協力するのは当たり前だ。
つまり私は最初から極右を名乗っていた。おそらく私以外にはいないのではないか?
この長い歴史の中でも私しかいないのではないか?
是非とも極右」の歴史という単行本を書いてみたい。その本そのものが私の自叙伝にもなる。
さて、思い出したハイダー党首にあこがれ海を渡りオーストリアに移住した、の本人が
いた。彼が本当に極右の歴史を語れる人間でしょう。
ハイダー氏はバイク事故で死亡した。暗殺されたのだと思った。
日本にも極右の時代がきた。誰か若者が設立して欲しい、私が協力するのは当たり前だ。

フランスで6月9日、欧州・EUの政策を左右する欧州議会選の投票が行われ、マクロン大統領が率いる与党連合がマリーヌ・ルペン議員の率いる愛国保守主義政党である国民連合(RN)に惨敗した。ー2024年6月10日
国民連合は全体の約3分の1を獲得。得票率はマクロンの与党連合の約2倍であった。極左のマクロンはルペン国民連合に難癖をつけ、欧州の結束を訴えたが大敗した。インフレや安全保障、移民問題を懸念するフランス有権者の票は愛国政党のルペン国民連合政党を支持した。
ドイツは「ドイツのための選択」(愛国の保守政党)が多くの国民の支持で政党支持率が2位となり、これはエセ人道主義リベラル派から自国を護ろうとする大きな動きと言える。
イタリアの欧州議会では「イタリアの同胞」という移民制限をしている保守愛国政党(メロー二首相)がトップである。そしてベルギー、ハンガリー、オランダでは移民反対、イスラム禁止の動きをしている政党がトップになっている。
ところが日本は移民拡大と言う愚策をやっている。偽善者の反日政治屋や反日学者、反日マスゴミどもと銭ゲバ経団連などの反日帰化人や反日の在日外人の経営者どもは日本を瓦解させようと必死である。