根深い対立と日本の立場
イスラムやムスリムの土葬は宗教からくるものでしょう。対して日本の火葬は伝統文化ではない
私の祖母が亡くなった時にお墓を掘って土葬した、骸骨が出て来てそれを墓石の上に飾り
坊さんが拝み祖母を埋めた、私がまだ小学校に入る前です。いつから火葬になったかあえ
て調べない、衛生管理や墓の少なさからそのように決まったと理解する。
さてこの問題では有門大輔氏がブロックで書いていた。
◇ 各県各地で急増するモスク建造とセット!
在日ムスリムによる無理難題に対してどう答えるのか?
各県各地で「土葬」墓地の実現を要求する動きが強まっている。
在日ムスリム(イスラム教徒)の増加に伴なって必然的な動きだが、同じく各県各地でモスクの建設が急速に拡大しているようにモスク建造と土葬はほぼセットと言えるだろう。
現在の日本人の慣習から言って土葬墓地は断じて容認出来ないが、そう古くない時代、日本でも土葬が普通に行なわれていた。
筆者(有門大輔)の母方の曽祖父は昭和天皇の弟君の護衛官を務め、終戦までは特別高等警察(所謂、特高)の警察官として共産党の摘発に従事していたが、この曽祖父が亡くなった時には土葬だったと聞く。それが戦後の一時期までのこと。
昭和時代の古い白黒映画などを観てもらうと顕著に分かるが、やたらと殺風景な背景が少なくないなど、昔の日本では都市部とされる地域であってもいかに土地あまりで広々としていたかが分かる。
現在のように土地さえ余っていれば住宅やビルを乱立させ、ごみごみとした状況ではない。特に戦前などは地べた(土地)よりも家屋のほうに価値があったとされ、日本全土に及ぶ大空襲による焼け野原の惨状と、敗戦後の価値観の転換そして人口増が特に東京都内での都市化をもたらした。
日本の総人口が数千万人規模で、かつては東京23区内にもタヌキが棲息していたように自然や野生動物との共生が図れていた時代なら土葬も普通にアリだったのだろう。
誰も管理・手入れしておらず、少年野球が出来るくらいの広々とした空き地の存在など、東京郊外であっても夢のまた夢となっている。
日本でもそう遠くない時代に土葬が行なわれていたことを論拠として、在日ムスリムによる土葬を容認しようとする「土葬回帰派」が台頭してくるかも知れない。
しかし、土葬に回帰するということは日本の総人口が減少傾向にある一方、低下するばかりの出生率の上昇が求められる現代日本にあって人口計画も然ることながら、あまった土地を順次、野生動物に返還して自然との共生・調和を図るなど、国・社会の構造そのものを転換させることと同義である。
人で言えば、その人の性格までそっくりそのまま入れ替えるような話であり、そう一朝一夕に進むような話ではない。
…結論を言うと、土葬による田畑・水源(河川)への影響も然ることながら、慣習として日本人にさえ許されない土葬を在日ムスリムたる外国人にばかり容認するわけにはいかないだろう。
無論、宗教上の理由があって「火葬であってはならず、土葬を容認してほしい」と言う在日ムスリムの要求も分かる。だが、日本社会としてはムスリムが自分たちの生活圏で自らの信仰・教義に沿って土葬を実行していることまでは否定していないのだから、そこは「狭い日本列島、そんなに急いでどこへ行く?」という交通標語があるくらいに国土的に限界のある日本ではなく、広大な他国の土地でお願いしたいものである。
土葬墓地を容認してほしいとする在日ムスリムの要求だが、当の日本人こそ時に火葬に忍びなさを感じつつも土葬など行なっていない現状にご理解を頂きたいものだ。
ここはモスク建造とともに、土葬墓地の要求・計画がなされている各自治体がしっかりと対応しなければならない。
条例として土葬墓地を規制するように定める必要があるし、そうした条例が既に存在するなら、それを論拠に毅然と対応しなければならない。
前述のようにモスク建造などは土葬墓地と同義であるため、モスク建設の申し立てがあった段階で当該の地域・場所で土葬墓地の要求はしないことなどを建造の条件に盛り込む必要があるだろう。
かつてはそう古くない時代まで日本人も土葬を行なっていた。だが、それは当の日本人でさえ出来なくなって久しい。
それを理解させずして、日本人と在日ムスリムの共生・相互理解もあり得ない。
…余談ながら、戦後50年以上に及ぶ然る老舗の右翼民族派グループの間では戊辰戦争(明治維新)における会津藩など所謂「賊軍」側の功績を再検証することでこれを顕彰しようとする動きとともに、「土葬」を含めた古(いにしえ)への回帰を模索する動きがあることを付記しておく
簡単な話ではない、しかしこのことで日本側が譲るこはできない。モスクの建設を認めないどころ
壊し始めている、共産チャイナのに学ぶことはないと思ってきたが意外にもそうでもなさそうです。
