私(せと弘幸)とは、どのような人間なのか?
私(せと弘幸)とは、どのような人間なのか?
13年前に書いた自己紹介記事です。
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昔からの読者は私の事を存じていますが、最近のブログを見始めた人に改めて自分を紹介しておきます。今から13年前の55歳の時に書いた記事です。
私はなぜネット右翼を主張するのか!
★「行動右翼」からの転身
このテーマで文を進めるにあたり、自己紹介をさせて頂きます。私は現在55歳ですが、19歳の頃から政治活動にのめり込んで来ました。実家は農家であり高校を卒業した後は農業後継者として2年ほど農業に従事しました。
実家が市街化区域に指定され、将来は農業がやれなくなったので、私は地元の市役所に勤務することになりましたが、丁度20歳の頃であったと思いますが、初めてその職場で左翼という勢力と遭遇したのです。
当時の市役所は今もそうですが自治労という労組団体があり、その労組を事実上支配していたのは社会主義協会という旧ソ連のイデオロギーを信奉する最左派でした。
彼らは職員に対して、盛んにサボタージュを勧めていました。上の指示に従って仕事をすることは、実は資本家に味方することになり、労働者階級としてはそれはやってはならない事であると言うのです。
正直、この教えには驚きました。だから職員の多くがさぼることは当たり前で、まじめに仕事をするような人間は肩身の狭い思いをするようになっていました。
農家の生まれで元々昭和天皇の写真が飾られ、戦没者の家というブリキの表札を玄関に掲げる我が家で育った私には到底相容れない思想だったのです。
私はこの労組に反発して自民党に入党しました。田中角栄が総理の時に参院選挙があり、私は糸山英太郎という人物の選挙を手伝いました。実はこれが右翼と呼ばれる人との最初の接点となったのです。
結果は自民党の大敗でした。共産党が30議席も獲得し、民主連合政府樹立構想などの文字が雑誌や新聞に躍っており、私は当時のそのような政治状況に危機感を抱いて、自民党に見切りをつけて右翼団体に入会しました。
後に独立し自ら『憂国青年同志会』そして『日本憂国会』と名前を変えながら約10年近くは、街頭宣伝活動、左翼団体の集会に対する抗議活動などの所謂「行動右翼」として活動して来ました。
今ネット右翼と称される人達とは、その辺りがまったく違っていると思います。ネット右翼という言葉が生まれたのはまだ最近(ここ5年〜7年)の事であると思います。その意味では現在ネット右翼と呼ばれている人達とは、経験上もまったく違った人生を送って来た訳です。
私は35歳頃に黒塗りの街宣車による活動を控えるようになりました。その理由の一つはやはり一般の人達の共感を得られるような運動でないことを痛感していました。
また、そのような「行動右翼」の主体はヤクザ・暴力団と呼ばれる人達であり、同じような目で見られることに自分としては嫌気を感じたということでした。
一旦右翼の活動から遠ざかっていた自分が再び運動を始めたのが、丁度インターネットが世に登場する2、3年ほど前の今から14年か15年前です。この頃はまだパソコンをやる人は少なかった時代です。勿論私もやっていませんでした。
この頃の活動はイラン人が急増し偽造されたテレホンカードを販売したり、中国人の密航者が急増し始めた頃です。私は同じような考えの人と一緒に、外国人犯罪追放の活動に立ち上がりました。
この活動は「行動右翼」とは一線を画すものでした。日本の右翼にはアジア主義というものがあり、同じアジア人を排斥する活動として、白眼視されたものです。かつては「行動右翼」として一緒に活動した人達も我々と活動を共にすることはありませんでした。
本格的にインターネットに参入したのは、平成9年頃からでした。ホームページを作成、そこに掲示板をおいて、ディスカッションを繰り広げましたが、当時は珍しさもあって、かなりのアクセス数がありました。
それから数年も過ぎない内に巨大匿名掲示板と言われる2ちゃんねるが登場しました。まだ1998年か1999年という21世紀になる前です。
そこに書き込みをするようになった時に、我々を「ウヨ坊」などと冷やかしで書く左翼の人間が現れましたが、今思えばそれが「ネット右翼」呼ばれる最初の頃ではなかったかと思います。
私は思想啓蒙活動の一環として、このネットを活用して来ましたが、「行動右翼」と呼ばれた人達は当時から見向きもしませんでした。
ホームページを持つ団体は多かったのですが、掲示板は少なかったし、あってもほとんど放置状態であり、ましてや私のように積極的に2ちゃんねるへの投稿を続ける人は皆無でした。
私は当初からネット特有の匿名投稿ではなく実名にこだわってきた。それは自分で社会運動をしているという自負心があったし、実名で本も何冊か出していたので、自分の名前を世間に知って欲しいという考えもありました。
また、この頃は○○会とか○○連合というような団体ではなく、自らの思想信条を表した極右活動家としてネットに投稿を続けました。
当時の投稿の一部を紹介しましょう。
極右の理念と思想を語る
「何時の時代でも人は過去から解放されなければならない」
「何十年たっても謝罪し続けなければいけないのか、という感情を国民にうえつけるだけだ」
「過去にこだわり、堂々巡りしている必要はない」
戦勝国が半世紀の歳月を経過しても尚も敗戦国に強要する謝罪と補償。これをきっぱりと否定して見せたのは、現在時の人となったオーストリアの極右政党指導者・ハイダー党首である。彼を私は「希望の星」と呼ぶ。戦勝国による精神的な支配と呪縛の暗闇の中で、ひときわ輝く星だからだ。
2000年 2月3日(木)11時13分 投稿者 瀬戸弘幸
ところで、このようなネット投稿は当然のごとく左翼的思想を持つ人達との間で大論争となった。しかし、このような論争に伝統的な国粋右翼や新右翼関係者が登場することはありませんでした。
この頃ネット上で左翼と論争を展開していたのは、よしりん派などと呼ばれた漫画家の小林よしのり氏のファンである若い人達ではなかったかと思います。
★ネット右翼の登場と性格
ネット右翼と呼ばれる人達が本格的にネットに登場してくるのは日韓共催のワールドカップの試合を契機にして、その後のことであると思います。また「嫌韓流」の漫画本が売れ出して、その後ネット右翼と呼ばれる人達がネットでは台頭してくるのです。
ここまで書いて来た中でもお分かりの通り、ネット右翼と呼ばれる人達は、実は日本の明治以降の右翼史とはまったく無縁な人達であり、人脈も系譜も無関係の人達であることが分かります。
戦後の右翼活動のほとんどが戦前の流れをくむ系譜の中にあり、新右翼と呼ばれた運動も実はまったく新しく誕生したものではなく、旧来の右翼に反発して出てきたとはいえ、それは戦前から連綿と続く流れの中にありました。
しかし、このネット右翼と呼ばれる人達によるネット上での左翼に対する攻撃や中国・韓国・北朝鮮への批判など、既成の右翼団体とは関係のない活動として、いわばネット上で自然発生的に生まれたと言って良いでしょう。
この既成の右翼団体と関わり合いを持ってこなかったということが、私にはネット右翼と呼ばれる人達にとっては、将来的に見た場合、良い結果をもたらすであろうと考えます。
その点については最後に触れることにして、現在マスメディアなどがどのようにネット右翼を見ているかを少しここで考えてみましょう。
マスコミはネット右翼を決して肯定的に見ることはありません。また、従来の右翼勢力とは分けて報道しているようです。
マスコミによれば、ネット右翼とは「若者の右傾化」を象徴する存在で、ネット上で中国、韓国を貶したり「左翼メディア」を茶化したりする人々を指すようだ。
さて、若者の「右傾化」とは近年に始まったことではなく、古くは中曽根内閣誕生で戦後総決算が唱えられた時に、既にこのような「右傾化論」は左翼側から言われていました。
これを大きな社会的現象にまで押し上げたのは、何と言ってもインターネットというものの存在です。左翼が右傾化と呼ぶ素地は以前から存在したが、それを顕在化させたのはネットの力なのです。
朝日新聞などはこのインターネット上に突如として現出した「ネット右翼」の数に恐怖を感じたのだろう。彼ら朝日新聞も自分達に対する批判が社会に存在することは先刻承知であった。
だから彼らは右翼の一部の主張を掲載することで、バランスをとっているかのように見せかけて来ただけだった。朝日新聞社は「新右翼・一水会」と交遊の深い元愛国バンドの雨宮処凛氏を度々登場させています。
一水会などはネット社会が出現する前までは、よく朝日新聞で取り上げられていたが、それは朝日が新右翼を評価していたのではなく、自分達が左寄りと見られることを薄めるために、新右翼関係者を利用していたに過ぎなかったのです。
いずれにしても、朝日はネット上に突如として現れた批判勢力に戸惑った。最初はそれでも巨大掲示板における匿名批判投稿だけであったので、気にはなっていたが危機感までは抱かなかったようです。
しかし、ブログが驚異的に増加して、人気ブログ・ランキングなどで朝日新聞に対する批判勢力が上位を独占するに及んで、彼ら朝日新聞はネット・ブロガーに脅威を感じ始めました。
もうネット上だけの言論ではなく、実際に様々な現実社会にまで影響を及ぼし始めています。マンガ『嫌韓流』の出版とベストセラー入り、ネットでの様々な呼び掛けとデモや集会の成功、これまでは考えられなかった新しい形での政治行動が朝日には不気味に見えているのでしょう。
これまで朝日を批判する右翼勢力は存在したが、それらは全て大衆レベルでの政治運動にまで通じたものではなかった。いや、むしろ大衆からは総スカンをくらった反社会性が売り物であったと言ったほうが当っているかも知れません。
現在ネット上に表れた「ネット右翼」こそは、将来一般大衆を組織化して左翼を倒すだけの力を秘めた�狎�力�瓩覆里任后�確かに現在のところ組織的なまとまりもなく、横の連携があるとも思えません。
しかし、ブロガー同士の同盟や連携は余り見られないとしても、書く側と見る側におけるコミュニケーションの輪は広がり、その結ぶ線は太くなる一方です。朝日新聞社が最も恐れる批判勢力の拡大、そしてその人達のコミュニケーションの進展が、やがては新情報化社会の到来を告げることを、彼ら朝日は恐れ、何としても阻止したいのでしょう。
彼ら既存メディアは商売としての「情報を伝える立場」であり、庶民は常に「情報を受け取る立場」に過ぎませんでした。これが「情報を選別して受け取る権利」と「受けた情報に批判や疑問を述べる権利」がネットによって許されたわけです。
つまり、既存マスメディアはこれまでの一般大衆の上にいた驕りや傲慢さから振り落とされる立場へと追いやられた。権力の座からの転落です。
ネット右翼はこれからも増殖を続けるでしょう。そして、それは既存の右翼勢力と関わらないで来たことが、必ずやプラスに作用することでしょう。これは右翼の活動を始めて30年以上が過ぎ、その経験からの予測である。決して根拠のない話ではないことだけは申し上げておきます。
★ネットに取り残された既成右翼
ネット上で右寄りの発言を繰り返す人達をネット右翼と呼びますが、既成の右翼団体の中には個人的に参加する人もいるでしょうが、ほとんどの人はネット上では活動をしていません。
その理由をある新右翼関係者の言葉から紹介してみましょう。実名は伏せて書きますが、これはネット右翼の過熱ぶりについて、雑誌の対談記事の中で新右翼活動家が述べた言葉です。
「私は憂いてますね。無責任な言動です。やはり匿名による便所の落書きのようなものではなくて(笑)堂々と表に出て訴えてもらいたい。安全なところにいて煽っているのがやはり一番ダメだと思います。」・・・・と話しています。
これはこれまでだったら、この説明は間違いではありません。しかし、今では変わって来ました。ブログを書く人は素顔を晒し、実際に左翼との闘争に自らその場面に出てくる人が増加しています。
左翼マスメディアはネット右翼とは、ニートであり引きこもりであるとマイナスイメージを植え付けて来ましたが、実はそのような人達ばかりでないことが今や常識となっています。
また、既成右翼の側がこのように彼らネット右翼を色眼鏡で見る限り、このネット上における右派のエネルギーを結集することは絶対に出来ません。今ネット右翼と称される人々は「既成右翼を在日勢力によって牛耳られた似非右翼」と呼んで、左翼と同様に批判の対象としています。
これは事実に基づかない間違った指摘なのですが、ネット右翼と既成右翼には深い溝が出来てしまいました。現状ではネット右翼はインターネット上、既成右翼は街頭と住み分けているので衝突はありませんが、互いに活動の場を、幅を広げると今後摩擦が起きる可能性はあるでしょう。
しかし、全ての既成右翼の方が批判的とは限りません。同じように雑誌で目にしたのですが、ある右翼の連合体の議長は
「最近、話題にのぼる機会が多いネット右翼をどう考えますか?」との問いに対して次のように答えておりました。
「今の日本の右傾化と呼ばれるものは、新しいファッション、ビジュアルとしての右傾化だ。ただきっかけは何でもいい。ネット右翼が新しい運動を生むこともあるだろう。運動の多様化のなかの一つの形ともなりうる」
このような柔軟な思考を持ったリーダーがいる限り、今後のネット右翼と呼ばれる人達と既成右翼の方々の共闘もあるいは行なわれるかも知れません。しかし、その可能性は現在のところは極めて少ないとは思います。
★ネット右翼に結集を呼びかける。
私は現在インターネット上でネット右翼に結集を呼びかけています。それはネット右翼と呼ばれる人達が時代を切り開く可能性を持った潜在的な政治勢力となり得ると考えて来たからです。
私の現在行なっている活動について、私自身の言葉でなく、誰でもが書き込みが自由にできるフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用してみることにします。
思想と行動 [ 瀬戸 弘幸]
元は街宣活動を行う平凡な右翼団体員であったが、1990年代ごろからインターネットの政治的利用可能性に着目。以後は、運動の方針を切り替え、インターネットを通じたプロパガンダ活動を精力的に展開するようになる。ブログ「極右評論」の執筆に取り組み、一日あたり数千人規模の読者を確保。いわゆる「ネット右翼」のオピニオンリーダーと目される地位を築き上げた。
「ネット右翼」というスラングを積極的に使用し、この言葉に肯定的な意味を込める希有な論者として知られる。ちょうどマルクスやレーニンが「プロレタリアート」の概念を来たるべき最終的な階級闘争の主導的推進者として措定したように、瀬戸は「ネット右翼」の概念を現代日本における「維新の志士」としてイメージづけ、他ならぬ「ネット右翼」こそが来たるべき社会変革の中核を担いうるという、特異な情勢分析を行った。また同時に、「ネット右翼の大部分はニートやひきこもりではない」とするなど、独自の「ネット右翼」理論を打ち立てた。
また、実名を晒して2ちゃんねるへの書き込みを行なうなど、他の政治運動家が真似できないことを平気で行ない、エキセントリックなパフォーマンスを好む「ネット右翼」たちの熱狂的な支持を集めている。
・・・ ・・・ ・・・
これが私のことを紹介した内容ですが、未だにニート、フリーター、引き篭もりと罵ってレッテル張りと決め付けに終始している人達が、大きな維新の流れが起きた時に、初めて私のこの「ネット右翼」の定義に驚かれることでしょう。
60年代、70年代の左翼学生反体制運動は挫折・失敗した。また、80年代の新右翼運動なども成功はしなかった。しかし、私の提唱する21世紀の「維新運動」は成功するでしょう。その理由は簡単です。学生運動は社会から孤立した運動であり、大人の支援がなかったのですが、今度は違うと思います。
ネットで維新の旗を掲げる若者達には、多くの大人と社会人からの共鳴があります。それは多くの国民大衆こそが維新の主役であると思うからです。
ネット上でネット右翼の結集を呼びかけた私に対して、ネット右翼の旗手という称号が与えられました。私は自分に被せられた「ネット右翼の旗手」こそ、無名の在野の士であった私にとっては最高の称号であるとこれを感謝しているところです。
★今後のネット右翼運動の展望
我々はこれまで左翼と戦ってきた―とは言っても、それは圧倒的な力の前で、ただ単に虚勢を張っていたに過ぎませんでした。左翼は大学、労働組合などを拠点に、大動員をかけ街頭でデモを組織してきました。
赤旗をなびかせ何万人という大規模のデモの前に、私は立ちすくむしかなかった。私は大衆運動を組織することが出来ず、大衆から孤立し事実上敗退してきました。
私はそのような右翼運動に失望し、遠ざかってきましたが、このインターネットで再び政治思想の啓蒙活動に乗り出しました。インターネットにおける若者の日本精神の回復を志向する、その活動を<ネット右翼運動>と呼び結集を呼びかけてきました。
今その成果が着実に数字として表われてきていると感じます。中には<ネット右翼>と呼ばれることを嫌う人も多いのは十分承知しています。しかし、現在においては、この<ネット右翼>という名称こそが、左翼や在日朝鮮人、創価学会などに対して、より強い心理的な圧迫感を抱かせていることは間違いないでしょう。
これまでやりたい放題のことをして、日本を自らの支配下に置こうとしてきた反日勢力には、恐るべき敵の出現を予感させるべきなのです。そうしなければ、ここまで彼らの侵食を許した日本の社会を変えることはできません。
旧来の右翼は勿論のこと保守派も、左翼は見くびって侮ってきました。所詮右翼が大衆を組織化することなど不可能と思っていたはずです。しかし、この新しい<ネット右翼>という勢力が台頭することを、彼らはまったく予想もしていなかったことでしょう。
Posted by the_radical_right at 07:42│
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せと先生とも10代の頃お会いしていますよね。多分。
左翼雑誌の方や新右翼の方と一緒だったんですよね?
その頃街宣右翼の先生ともお会いした事を聞いたら話をぼかされたけど。
その頃から20代にかけて、様々な方々がどうやら会いに来てくれていましたが、予知夢的な事がきっかけだったんでしょうか?
私について広辞苑並の厚さの資料がどこかにどうやら有るらしいので。
日本だけではなく、各国の愛国活動が成功するように願っています。
自分の国がどうにもならないから移民するというのは絶対に破綻をきたすと思うので。
世界中が貧困で争いが絶えなくなる。
このコロナ禍を乗り越えて世界中が平和で安定したものになる事を心から願っています。
せと先生、皆様、お早うございます。m(_ _)m
全部では無いですけど、街宣右翼の方の動画も時々見てましたし、元々街宣右翼だった方のブログでも色んな事を教えてもらいました。
歴史が苦手だったので、知らない事ばかりだったけれど、こういうことこそ学校で教えるべきではないかと思いました。
共闘できる所とは手を繋いで行けた方がいいのではないかと思います。
まだ身動き取れた頃にその先生に「一緒に街宣参加してみませんか?」とおこがましいですがお誘いした事がありますが、やはりネトウヨと一緒とかいうのは当時は周りの目も気になるところもあったのか、お断りされてしまいました。
今ならどう思うか少し興味が湧きました。
自分が動けるようになる時が来たならば、またお誘いしてみたいなと思いました。
>この新しい<ネット右翼>という勢力が台頭することを、彼らはまったく予想もしていなかったことでしょう。
共産党宣言の冒頭を借りるならば、
一つの妖怪が日本にあらわれている、――ネット右翼の妖怪が。旧日本のあらゆる権力が、この妖怪にたいする神聖な討伐の同盟をむすんでいる。将軍様と左翼、石橋学と野間易通、韓国の反日派と創価の官憲も。
およそ反政府党で、その政敵たる政府党から、ネット右翼だといってののしられなかったものがどこにあるか、およそ反政府党で、より進歩的な反政府派にたいしても、また反動的な政敵にたいしても、ネット右翼という烙印をおす非難をなげかえさなかったものがどこにあるか?
この事実から二つのことがあきらかになる。
ネット右翼は、すでに日本のあらゆる権力から、一つの力としてみとめられている。
となるのでしょう(微笑)
>>3
なんで、ナノゼリーとあたしが一緒なのか根拠を述べなさい。
私の書く事が余程都合が悪いと言っているようなもの。
一応、気を使って、ハンネを使わないで書いているのに。
私はせと先生や有門さんにも本名を晒しているよ。
ナノゼリーの身元を特定するのが先では?
>>1
軍事侵攻と後々言われない為にも、交渉で許可を得て、拉致被害者の為に北朝鮮に行く事を検討すべきでは?
ただ、その前に核ミサイルや色んな交渉事を成立させなければならないので、アメリカの力も他の国の力も必要と思います。
制裁で苦しむ北朝鮮との交渉は日本だけではなんともならない。
舐められて覆され、何処かの反日国家の問題と同じになる。
対中政策とも繋がるので、世界各国と連携しながら交渉すべきである。
瀬戸さんの過去を知らなかったので、大変興味深く読ませていただきました。
先見の明がある聡明な方なんですね。
ネット前・後の左右の変遷もおもしろかったです。
やはり一本筋の通った男はカッコいい!
再度の投稿ありがとうございました。
ロシアと中国を影に隠れて支援しているのは誰⁇
旧約聖書
AチームとBチーム両建て作戦!
歴史は繰り返す!
世界のカラクリ
日本侵略はペリーからはじまった!
動画のURLがかなり長いので
「川崎焼肉つるや」で検索してみてくださいね。
「孤独のグルメ」という番組でも紹介されてます。
私も元気なら行って食べてみたいです。
軍事評論家(?)兵頭二十八氏が瀬戸様を評して、
その行動、行動力が伴なっていることを大いに評価されていまし。
言うだけならば簡単という事です。
その意味で稀有な存在と思っております。
米国大統領選におけるGAFAの情報遮断は逆に見れば武器になる、なっていることの証左です。
ネットにおける情報拡散は選挙へとつながることを期待するものです。
偉そうですが、その意味での戦術、戦略も必要と考えます。
何回か同じ事をコメントしましたが、
70年代左翼の常套句、一点突破の全面展開。
川崎こそが突破すべき一点であり拡大展開可能な突破口であると思います。
私なりに戦いたいと思っております。(具体的には川崎在住の知人達へ啓蒙し拡散を計る。)
気になりますのが瀬戸様の健康状態です。
軽度の脳梗塞を発症されたと。
是非とも以下のサイトをご覧ください。
●久留米、真島消化器内科クリニック
最近書籍も出ました。
医療用EPA製剤、エパデールと油脂、とくに過熱した油脂を断つ食生活で血管の状態が改善し、今まで不可逆性であった疾病が治癒、改善しています。
そのデーターを継続公開しています。
腎臓疾患が改善し透析から離脱できた者が何人にもいます、驚異的なことです。
脳梗塞後遺症の改善、再発予防に有効です、無論血管障害でる心疾患にも。
くれぐれもご自愛ください。
動画のなかの1:20にうつっている「焼肉つるや」
ここが美味しいようです。あとで動画貼ります。
※私事で失礼します。
体調がおもわしくありません。予後も心も状態は良いのですが薬の副作用で起き上がれる日とそうでない日が不定期にやってきます。((+_+))
自分の意思ではどうにもならないので今は人様との約束事ができない状態です。
コメント欄での応援が今は精一杯ですが川崎事務所が人の心を明るく照らし前向きで建設的な意見の発信場であることを微力ながら祈ってます。
2の、大便食いチョンコチャンコロゴキブリ犯罪主義者である、ナノゼリ雪ーナをいち早くアク禁にしてください!
拉致被害者家族が韓国の元慰安婦たち裁判に対して抗議したそうだ。
当然だ。
東北の大雪対応要請でで自衛隊が出動している。
なら拉致被害者の救出を自衛隊に要請してはどうか。
要請は可能なはずだ。
その要請に応えられないのならその理由を聞きたい。
国民の命を守るのが自衛隊の役目のはずだ。
国民はもっと真剣に考えて欲しい。
実際に出動するかどうかは別にして、可能にしておくべきではないか。
自衛隊が来るかもしれないと分かれば北朝鮮も考えるだろう。