3月1日、桜井誠が「大嫌韓デモ ver.2 in 銀座」を指揮

共産党でさえ桜井誠の登場には恐れているのです。

共産党は公園占有の取り消しを申しいれたようです。
「ヘイトスピーチは表現・集会の自由とは無縁な暴力的な差別行為」
へぃ〜どこにそんな規定があるの。勝手に左翼と在日が騒いでいるだけのことでしょう。それにしてもかつて朝鮮総連と結託して日本転覆を狙った暴力革命に決起した日本共産党には言われたくないよね。
在日と日本共産党の暴力革命
共産党の軍事方針のもとで、いくつもの騒乱事件が起きた。1952年(昭和27年)の5月1日、第23回メーデーで、デモ隊と警官隊とが衝突したいわゆる“血のメーデー事件”がある。戦後、皇居前広場は“人民広場”と呼ばれ、たびたび集会場として使われてきたが、その日、政府は使用禁止とした。だが、メーデー参加者たちは広場に突入。在日朝鮮人はデモ隊の先頭で警官隊に対峙した。
この事件では在日朝鮮人から多くの逮捕者(1232名中130名)が出た。広場になだれ込んだ2万人のうち、5000人が在日だったといわれる。その年、大阪で起きた吹田事件(6月25日)、名古屋の大須事件(7月7日)でも、多数の逮捕者が出た。吹田事件の在日の逮捕者は250名中92名。大須事件では、269名中150名が在日だった。
こうした騒乱事件の多発に対し、大須事件直後の7月13日、民戦中央本部は、実力闘争偏重を批判する。第一線の実行部隊が朝鮮人である場合が多かっただけに、切実だった。一方、日本共産党は、12月中旬になっても全国軍事会議を開催し、武装闘争と日常戦闘との結合を強調するなど、極左冒険主義は改めそうになかった。
血のメーデーから2年後の1954年(昭和29年)8月30日、日本政府の朝鮮人処遇について、北朝鮮外相による抗議声明が発表された。朝鮮人への扱いは国際法違反であるとして、「在日朝鮮人は朝鮮民主主義人民共和国の公民」であるから、当然の権利を認め、日本居住、就業の自由、生命財産の安全を保障するように日本政府に要求した。北朝鮮政府が、在日朝鮮人の利益を代表するという立場の表明だった。
その年の10月30日、中国紅十字会(赤十字)代表団の一員として、中国の対日工作の最高指導者、廖承志が来日する。廖承志はあいさつの中で、「在日中国人団体は、日本の政治に干渉してはならない」と語った。北朝鮮政府の声明と、廖承志のあいさつは、関連性がないように見える。しかし、実はともに、暗に日本共産党の在日朝鮮人運動に対する指導性を否定するものであった。これが、在日朝鮮人運動の“路線転換”を促す契機となる。
■結成時、一斉に離党
1955年(昭和30年)1月1日、共産党はようやく、機関紙『アカハタ』で「極左的冒険主義と手を切る」と発表した。その後、在日朝鮮人活動家の間では、二つの考え方が対立するようになる。一つは、北朝鮮支持の旗を実際に日本国内で掲げるべきという考え方。
もう一つは、幅広い統一戦線をつくるために、旗は心の中に掲げるべきという日本共産党民対の考え方であった。対立は激しかった。ここにキー・パーソンが登場する。韓徳銖である。後に朝鮮総連中央常任委員会議長、北朝鮮最高人民会議常任委員を歴任する彼は、1907年(明治40年)慶尚北道で生まれている。1927年(昭和2年)渡日して、日大専門部に入学(後に中退)。
共産党系の労組である全協に加入し、1934年(昭和9年)、熱海線トンネル工事の争議に加わり検挙される。戦後は朝連に参加。朝連中央本部総務局長などを歴任した。韓徳銖は、共産党の指導下で日本革命を共に目指したいわゆる“民対派”に対して、朝鮮や朝鮮労働党との結合を(おそらく朝鮮労働党側の内意を受けて)主張した“民対派”として、在日朝鮮人運動の路線転換に主導的役割を果たした。
1955年(昭和30年)3月11日、民戦は中央委員会を開いた。その席で韓徳銖は“在日朝鮮人運動の転換について”演説する。反対派のヤジが激しく、中断せざるをえなくなった。だが、彼の作った路線転換への流れは変わらなかった。5月23日、浅草公会堂で最後の民戦6全大会が開かれ、翌24日解散する。こうして1955年5月25日、今からちょうど50年前、民戦解散の翌日、朝鮮民主主義人民共和国支持、日本の内政不干渉を掲げて、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が結成された。共産党に党籍のあった在日朝鮮人は一斉に離脱した。
同年7月24日、共産党は民族対策部を解消。朝鮮人党員離党の方針を決定することで、これを追認した。戦前、戦後の最も苦しかった時代、共産党の中で最も困難な仕事を引き受け、党を支えたのは在日朝鮮人の人々であった。共産党の正史では、そのことに一言も触れられていない。
半世紀という歳月は、共産党と朝鮮総連という二つの組織を、全く別々の遠い所まで連れていった。在日朝鮮人と日本共産党が、共に夢見た濃密な“時”を振り返る者ももういない。
日本共産党からの転載
何が「我が党わぁ〜平和を愛し、結党以来平和一筋です」なものか。共産党の嘘、詭弁に騙されるな!
http://81.xmbs.jp/piroshigogo-222215-ch.php
>区側「申し入れの趣旨は理解するが、現行法体系では(取り消し)は難しい。」
当然ですが、このような申し入れの趣旨は理解するとは、どのようなことなのか?憲法では政治活動の自由はこれが保証されています。在特会は共産党のようにかつて暴力革命も起こしたことがない。
大嫌韓デモのどこがいけないのか?韓国は反日国家であり、日本に敵対する国家である。これに反対しデモを行なうことが何故「理解はする」になるのか、さっぱり分からない。
左翼と在日、そして反日マスメディアが作り出した《ヘイトスピーチ=韓国批判》などは、言論活動を封じ込めようとするイチャモンのようなものである。
■韓国 平昌五輪プレ大会、来年実施「ほとんど不可能」 国際スキー連盟会長強い不満
財政難から準備の遅れが懸念される2018年平昌冬季五輪をめぐり、国際スキー連盟(FIS)のカスパー会長は9日、アルペンやフリースタイル、スノーボードのテスト大会を予定通りに来年に実施するのは「ほとんど不可能」との見通しを述べた。複数の大会で延期の可能性があるという。
ロイター通信によると、カスパー氏は「特にアルペン競技のテスト大会実施がほぼ不可能」と指摘。「財政をめぐる政治的なバトルが背景にあり、約束していたことが何も実現しない」と述べた。
平昌五輪組織委について「(準備は)極端に遅れており、回答されていない疑問や解決されるべき問題がたくさんある。来年までに解決できるのか、深刻な疑問を持っている」と語気を強めた。
平昌五輪は資金不足などの問題で、一部開催地で計画が大きく遅れている。日本を含めた他国の既存施設を利用する分散開催も取り沙汰されていた。
2015.02.10
http://www.zakzak.co.jp/sports/etc_sports/news/20150210/spo1502101524004-n1.htm
頼むから冬季オリンピックの共同開催などはやめて欲しい。日本は明確にこれを拒絶すべきである。韓国が自ら誘致したのだからキチンと責任を果たすべきは言うまでもない。
後5日と迫りました。多くの人が結集して韓国に対する批判の声を挙げてまいりましょう。韓国と仲良くすべきだなどと言うのは今や日本の自殺行為です。
もう、とにかく関わらないのが一番です。今回の日本共産党の公園貸し出しへの妨害でも、明らかなように、共産党が我々との戦いの前面に登場したことで、今後主要な敵は共産党勢力であることもハッキリしました。
よって、共産党は帰れ、在日も帰れというプラカードを持ってデモに参加するつもりです。
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