独眼竜の魔王 北一輝を語る。
独眼竜の魔王 北一輝を語る。 理論的指導者として悲運な生涯
北 一輝(きた いっき、本名:北 輝次郎(きた てるじろう)、1883年(明治16年)4月3日 - 1937年(昭和12年)8月19日)は、戦前の日本の思想家、社会運動家、国家社会主義者。二・二六事件の「理論的指導者」として逮捕され、軍法会議の秘密裁判で死刑判決を受けて刑死した。
1936年に二・二六事件が発生すると、政府は事件を起こした青年将校が『日本改造法案大綱』そして「国家改造」に感化されて決起したという認識から、事件に直接関与しなかった北を逮捕した。
当時の軍部や政府は、北を「事件の理論的指導者の一人」であるとして、民間人にもかかわらず特設軍法会議にかけ、非公開・弁護人なし・一審制の上告不可のもと、事件の翌1937年(昭和12年)8月14日に、叛乱罪の首魁(しゅかい)として死刑判決を出した(二・二六事件 背後関係処断)。
死刑判決の5日後、事件の首謀者の一人とされた陸軍少尉の西田税らとともに、東京陸軍刑務所で、北は銃殺刑に処された。この事件に指揮・先導といった関与をしていない”北の死刑判決”は、極めて重い処分となった
ウィキより転載
今月の「日本の心を学ぶ会」の勉強会では、この人物について語ろうと思う。このような歴史上の人物について語るのは初めてかもしれない。 昭和50年4月5日付け発行の「国民の総意」という機関紙に私が書いた北一輝に関する論評がある。私がまだ23歳のときである。この時私は「民族思想研究会」という政治団体に入っており、役職は教育宣伝部長だった。
北一輝 その人と思想
右翼は果たして反動なのか
戦後思想の谷間に葬り去られた右翼。
その真髄を掘り起こして、変革への原点を探り出し、混迷している状況を打破し、新しい未来を創造しなければならない。
戦後右翼(民族派)は今非常な苦悩の中から、新しい再出発の必要性に迫られている。戦中戦後を通じて一部の右翼が北一輝を理論的指導者と仰ぐことは知られている。
最近では北一輝の思想を学び再評価しようとする動きが高まってきたことは、低迷する右翼運動に何が必要なのか、その原点を探り出し、それをどのように継承し発展させて行くかが問われている。
その意味からも北一輝の革命家としてのその生涯と思想を考えて見たい。 続く
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第四十八回日本の心を学ぶ会
昭和維新運動を考える
昭和維新運動とは、昭和前期に起こった軍部革新派と民間右翼を中心とした国家革新運動を言います。
血盟団事件、5.15事件、2.26事件などがその代表的な事件としてあげられます。
これらの事件の背景にあったのは、対外的な脅威として浮上したソビエト連邦の成立、反日活動を激化させ泥沼化する支那大陸戦線、国内問題としては世界恐慌始まる農村の疲弊です。
特に東北地方の疲弊は大変に厳しく、欠食児童と身売りの増大は農村出身の兵士と接する機会の多い青年将校の脳裏に国家の危機を十分に連想させるものでした。
このような国内外の重大な問題に正しき対処ができない政党政治とそれを支える財閥へ敵愾心が昭和維新運動の背景にありました。
現在の日本も同じような問題に直面しているといえます。
共産支那の脅威は日本近海に及び、竹島を占拠する韓国は世界的な規模で反日宣伝を先鋭化させております。
さらに国内に目を転じると貧困と格差の拡大は社会に深刻な影響を与えております。
これらの問題に、与野党共に正しき対処を為し得ていないし、明確なる国家百年の大計も示していません。
こうした意味で昭和維新の歴史そして昭和維新が目指したものを学ぶことは、現代の変革を考える上においても大切であると考えます。
2.26事件の当事者たる青年将校たちは自らの行動を決して「革命」とも「クーデター」とも言っておらず、あくまで「維新」であるとしております。明治の末年には「第二維新」が、大正時代には「大正維新」が叫ばれ、
いずれも「失われた日本」「原始の日本」への回帰を志向するものでした。
つまり維新とは、明治維新で完成されたものではなく大正、昭和、そして今も継続中であると言えます。
昭和維新運動に多大な影響を与えた思想家の渥美勝は「真の維新を断行し、高天原を地上へ建設せよ」と言っております。
二月二十六日を前に昭和維新を振り返り、「真の維新」と、彼らを突き動かしたものについて考えてみたいと思います。
みなさまのご出席をお待ちしております。
【日 時】平 成27年2月22日(日)午後6時00分より
【場 所】文京区民センター会議室 2−B会議室
東京都文京区本郷4-15-14
地下鉄春日駅 下車1分(大江戸線、三田線)
後楽園下車3分(丸の内線、南北線)JR(水道橋)
【講 演】
昭和維新運動と北一輝 �鷂郵姐�
昭和維新運動と現代 四宮正貴先生 四宮政治文化研究所
【司会者】林大悟
【参加費】資料代500円終了後、近隣で懇親会(3千円くらいの予定です)
【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395
以上
私にしては珍しい講演となります。北一輝といえば松本健一氏が研究家として有名でしたが、松本健一氏は昨年11月28日にお亡くなりになりました。私も講演などを聞きに行ったこともありましたが、ご冥福をお祈りします。
まきやすとも政経調査会
松本健一先生逝去は近代思想史の喪失
http://makiyasutomo.jugem.jp/?eid=1164
Posted by the_radical_right at 18:05│
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理論の実践である、政体(国体)はどのようになるのであろうか。
議会制を批判しているのでアメリカ、イギリス型ではない。
すると、ドイツ型か。当時の風潮ではソビエト型なのか。
普通選挙と言いますが、形は違いますが、
支那の主席を選ぶとき、半島の北でもあるのです。
どのようにでも、権力者の都合で変えられます。
問題があると思います。
夜7時54分からは【小学3年生から必要か!?ニッポンの"英語"大論争!】文部科学省が導入を目指す“早期英語教育”で本当に日本人の英語力が上がるのか?ゲストに尾木直樹、デーブ・スペクター、安河内哲也、水野稚、VTRで苫米地英人の皆さんで徹底討論!
http://www.tv-aichi.co.jp/gekiron/
先生、北大先生は天皇の為の軍隊から国民の為の軍隊にしたかったんですよ。
「若殿に兜とられて負け戦」
この後、軍官僚ファッショが蔓延り8.15の無条件降伏を迎える。
1919年(大正7)にモスクワでイルミナティ(ユダヤとボリシェビキの合同)会議がひらかれ、「日支闘争計画案」が採択された:
・日本と支那の内部破壊
・支那に反日運動を起こさせる
・日支武力闘争から、ソ連・アメリカが干渉する戦争へ発展させて日本を倒す
・ヨーロッパに社会革命を起こさせる第二次の世界大戦を計画する
この実行機関となったのがIPR(太平洋問題調査会)である。
太平洋問題調査会は(IPR)は、大正15年(1926)から日本で常設となった機関であるが、これはロックフェラーとソ連の指令下にあった秘密工作組織である。
「日支闘争計画案」は大正7年(1918)にモスクワのイルミナティ会議(ユダヤとボリシェビキとの合同)で採択されたが、内容は「日本と支那の内部破壊をはかるとともに、支那に反日運動を起こさせ、日支の武力闘争にまで発展させる。これをソ連とアメリカが参画する戦争にまで発展させて日本を倒し、同時にヨーロッパに社会革命を起こさせる第二次世界大戦を計画する」というものである。
IPRの日本代表は、新渡戸稲造、松岡洋右、鶴見祐輔 であり、幹事長はキリスト界の斉藤惣一である。
第三回会議は昭和4年に京都で開催され、アーノルド・トインビー、ジョン・ロックフェラー�靴蕕�参加した。米国代表のオーエン・ラティモアはソ連のスパイ。親英・親米と見せながらコミンテルンに身を置いていた、西園寺公一も参加。
IPRは以後対日・対中謀略ルートとなり、ゾルゲもこのルートをたどった。尾崎秀実もIPRの協力者である。
『武士は死して名を遺し、虎は死して皮を残すというが、ひとり純正愛国陣営の徒のみは、名さえ残さぬのみか、汚名さえ着せられて逝く覚悟に徹さねばならぬ。暗雲が漂うとも、決してクーデターを起こしたり、加わったりしてはならぬ。それはわが国に内乱を起こさせて金融支配を狙うユダヤの計画によるものだからである。日本人として、この生命をもって何に捧げようかを己に問え。』渡部悌治
大杉栄殺害の裏にユダヤ禍 (159P)
北一輝が刑死して、その遺骸が北家に送り届けられたとき、焼香に来た大川を北夫人が拒絶した話が伝えられていた。その大川は機会をとらえて、北と自分の関係が最後までうまくいっていたように見せようとしていた。自分が北に信じられていたということを、ことさらに印象づけようとして、極端に作為したのはどうしたことか。それは遠藤無水氏や横山雪堂和尚に尋ねる必要もなかった。愛国陣営の大川に対する不信を糊塗するための作為にすぎなかったのである。
革命者として一家を成した北一輝が、単にその場その場だけの気分に駆り立てられる煽動屋にすぎなかった大川を、どの程度相手にしていたかは、北の腹のうちにあったことであり、私の想像は許されない。
猶存社に堀やす子(*堀保子。堺利彦の義妹で大杉栄夫人)がおり、北の弟(*吉)が大杉栄からフランス語を学んでいたりしたためか、甘粕が大杉らに手をかけたことを知ったとき、北は激怒したという。その北一輝がヨッフェ問題では、その来朝を願っていたところの大川や満川亀太郎らとは反対の行動をとり、これが原因で北が大川や満川らと訣別するにいたった、と言われるほどの態度に出たのは何ゆえか。
*北一輝『ヨッフェ君に訓(おし)ふる公開状』は、大正12年5月9日付で約3万部が全国に配布されたという。
ユダヤに踊らされた日本人
米内光政の身内や縁故者たちから、国家機密が敵国に流されていたのは事実である。縁故者の中には東条の鎌倉での生活費を賄っていた者もいる。ミッドウエーの敗戦は、ユダヤ問題の犬塚惟重と国際連盟に身を置いた稲垣守克が情報を流したことによって起こった。
大川周明は、裏表が多く、見え透いた嘘が多い扇動家である。北一輝も扇動家であり、北と大川の訣別は安田保善問題が原因といわれるが、金の分け前を巡る争いである。この金銭授受にはユダヤの代理人巖本善治が関係している。巖本は米英ユダヤの手先となり、私設外交官として暗躍していた男で、大川周明との関係は愛国陣営にまでもユダヤの手が伸びていたことを示す。巖本と大川の資金元は上海ユダヤのハードン財閥である。大川は反英を装いながら親米であり、ユダヤの資金ほしさに巖本に近づいた。
大川のいわゆる日米経済提携というのは、ユダヤの対日謀略の一環として計画されたもので、ユダヤ資本の援助を受けていた西川末吉からでたものである。
大川は戦後、自分は中国と事を構えるのに反対していたと書いているが、これは明らかな嘘である。
佐々弘雄が戦後に大川周明、楢橋渡、児玉誉士夫の三人がハードン財閥と直結していたことを発表している。
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/judea/hanyudayasyugico/nihonnokenkyushi/watanabeteijishinokenkyuco.html
渡部悌治「ユダヤは日本に何をしたか」より
「安倍内閣の外国人労働者受入れ拡大策に断固反対する」
http://asread.info/archives/952
(引用開始)
安倍総理は、外国人受入れ拡大策は「移民政策と誤解されないように」進めていく、などと繰り返し発言しているが、ならばなぜ、入管法を改正(6月11日、日本共産党や社民党も賛成して全会一致で可決成立)させてまで、「高度専門職」という在留資格を新設し、その在留期間の上限を撤廃したのか?
外交旅券でも公用旅券でもない、中華人民共和国の一般旅券(パスポート)を保持したまま、我が国に無期限で在留できる中国人は移民ではないのか? これが移民ではないというなら、いったい何を以て「移民」というのか?
連載第四回でも触れた通り、過去の歴代自民党政権が、技能実習制度などの外国人受入れ政策を推し進めてきた結果、在日外国人の中で中国人が韓国・朝鮮人を上回る最大勢力となり、しかもそのうち永住者が二〇万人を突破(2013年末)、既に在日中国人の「三人に一人は永住者」というのが我が国の実情だ。
日本の「移民国家」化は、将来の懸念ではなく、足元の現実なのだ。それは法務省が毎年公開している在留外国人統計に歴然と示された明白な事実だ。総理たる者、「知らなかった」では済まされない。
国民を欺き続けるのはいい加減、おやめになったほうがいい。安倍内閣を支持してきた「草の根の保守」の離反を招くばかりか、中国から「トロイの木馬」を引き入れた暗愚の宰相として、政治家としての歴史的評価に汚点を残すことになりかねない。
(引用終了)
>国内問題としては世界恐慌始まる農村の疲弊です。
>特に東北地方の疲弊は大変に厳しく、欠食児童と身売りの増大は農村出身の兵士と接する機会の多い青年将校の脳裏に国家の危機を十分に連想させるものでした。
昭和維新が目指した事とは一般的には、
�々勅爾判醋韻隆屬貌淡�階級として割り込み、かつ、
勤労者階層を搾取する華族・財閥の撲滅
�⊂綉��,涼�成による君民同治体制の樹立
と言われています。
そしてこの問題は、安倍・竹中政権下の現在に通じる問題です。
何故なら、安倍・竹中政権は、“皇室と庶民の間に特権階級”の復活を指向しているからです。
但し、昭和維新の時代と異なるのは、、“皇室と庶民の間に特権階級”が日本人に限定されない事です。
(在日朝鮮人パチンコ富裕層、シナ人資産移民)
移民解禁した場合、その90%以上がシナ人となるでしょう。
そして、2080年には、シナ人が日本列島での多数派(50%以上)となります。
この時点で、多数決の原理により、国体は終了します(皇室の廃絶)。
先生、自民党の重鎮がこれでは・・・
二階氏「日韓仲良くなれる」
手塚治虫氏が、北一輝をモデルにした主人公の
『一輝まんだら』という作品を書いていましたが、
残念ながら出版社の意向に合わず連載が中断して、未完になっています。
掲載雑誌は『漫画サンデー』で、1974年〜1975年連載。
いくつかの出版社から第1部として単行本が出ています。
非常に興味深い作品でした。
物語が、これから大きく展開するというところで中断したまま
未完なのは残念です。
そのうち[大逆事件の幸徳秋水]も取り上げて下さい。