ヨーロッパで拡大するイスラエル批判
「自由と寛容への攻撃」と反ユダヤ運動の台頭を警戒?
欧米で反イスラエルデモ拡大 「反ユダヤ」的言動を警戒する仏独
【ベルリン=宮下日出男、ワシントン=青木伸行】パレスチナ自治区ガザ情勢をめぐり、軍事作戦を展開するイスラエルへの抗議デモが欧州や米国で広がり、各国が神経をとがらせている。 「反ユダヤ主義」的な言動も一部で目立つためで、フランスでは警官隊とデモ参加者の衝突にも発展。各国当局はデモの過激化を抑えようと警戒を強めている。
フランスでは2日、各地でデモが行われ、パリではアラブ系移民ら1万人超が参加し、イスラエルによるガザ地区への軍事作戦の即時停止や「ガザ解放」を要求。「イスラエルは殺人者」との非難に加え、仏政府は「イスラエル寄り」との批判の声も上がった。
イスラエルとイスラム原理主義組織ハマスの戦闘激化以降、デモは欧州各地で相次ぎ発生。 多くは平和的デモだが、パリでは7月半ばに一部がシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)に押し入ろうとし、その後、パリ周辺のユダヤ人地区で店舗などが襲われる事態も起きた。 フランスは欧州最大のユダヤ人コミュニティーを持つだけに衝撃は大きい。
7月26日のパリでのデモでは一部が警官隊と衝突、数十人が逮捕された。ユダヤ人側にも過激なグループの存在が指摘されており、当局はこうしたグループへの対処も検討中と伝えられる。
ドイツでは、7月後半にベルリンなど各地でイスラエルへの抗議デモが行われた際、一部がユダヤ人を激しくののしったほか、西部の都市ではシナゴーグへの抗議を企てたとして十数人が一時拘束された。
ドイツはホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の歴史を持つだけに反ユダヤ主義の言動に敏感で、ルケル首相は「自由と寛容への攻撃」と警告。その後は過激なユダヤ人批判は抑えられたが、別の街では外国人とみられる男らがシナゴーグに火炎瓶を投げ込む事件も起きている。
オランダでも7月末、デモで「ユダヤ人に死を」と訴え、差別をあおったとされる男2人が逮捕された。一方、米国の首都ワシントンでも2日、ホワイトハウス周辺にパレスチナの旗を持った市民ら1万人以上がイスラエルへの抗議デモを繰り広げた。
参加者は「米国よ、恥を知れ」と、米政府のイスラエル寄りの外交政策も批判した。この日、オバマ大統領はワシントン郊外の山荘キャンプデービッドで過ごし、ホワイトハウスには不在だった。
産経ニュース 2014.8.3 23:46
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140803/amr14080323460008-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140803/amr14080323460008-n2.htm
現在までのところ私が得ている情報では、西欧諸国で力を増している極右政党は反ユダヤのデモなどをしているとは聞かない。むしろ左翼やアナーキストなどが反ユダヤ運動に加わっているようだ。そして西欧に住むイスラム移民が反ユダヤ勢力と共闘している事実も見られる。
反ユダヤを人種差別などと批判しているのは、日本では左翼やリベラル思考の人達だが、実はそのような人が反イスラエル活動に熱心である。日本でもイスラエル大使館前で抗議している人達に我々の仲間はいない。
イスラエルのやっていることはパレスチナ人への虐殺行為であり許されいものだ。自分達が虐殺を受けた民族、人種などと言っても、現在その逆をしている以上、被害者ぶっても信用されなくなってきた。
>> ドイツはホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の歴史を持つだけに反ユダヤ主義の言動に敏感で、
敏感もなにもユダヤ人虐殺がなかったなどと言うだけで牢獄にぶち込まれてしまう。日本では南京虐殺はなかった。従軍慰安婦の強制連行はなかったと自由に発言できますが、ドイツなどではそんな事を言ってしまったらもう逮捕されてしまいます。
今年3月25日に詳しく触れています。
第二次世界大戦についてのルペンの悪名高い「些事」発言
この老齢の民族主義的政治家に対するメディアの扱いは、非友好的以上のものであった。ルペンはあからさまな虚偽にもとづく中傷キャンペーンにさらされたの である。例えば、ルペンは「ホロコースト」を歴史の「些事」として片付けたという話は、広く広まっている。『ロサンゼルス・タイムズ』(1999年1月 25日)は、ルペンが「ナチス・ドイツによる600万人のユダヤ人の組織的殺戮を第二次世界大戦のたんなる『些事』として片付けた」と報じている。また、 広く読まれているAssociated Press report(2002年4月21日)は、ルペンは「ホロコーストを歴史の『些事』とみなしたという点で悪名高い」と報じている。また、評判の良いBBC の「ワールド・サービス」もこうした説に同調している。
事実はどうなのか?
ルペンは、2度か3度、ナチの「ガス室」――「ホロコースト」ではない――を第二次世界大戦の「些事」もしくは「あまり重要でない項目」(point de detail)と呼んでいる。1987年9月のインタビューでは、こう述べている。
「こ れは明白な真実なので、誰もが信じなくてはならないと私に言わせたいのですか。信じることは道徳的義務なのでしょうか。この問題に異論を唱えている歴史家 たちがいます。ガス室が存在しなかったと言っているのではありません。私自身見たことがないというだけです。この問題をとくに研究したわけではありませ ん。しかし、この問題は第二次世界大戦の歴史の中では『あまり重要ではない些事』だと思っています。」
ルペンは法廷に引き出された。フランスでは、その他いくつかのヨーロッパ諸国と同じように、「ホロコースト否定」は犯罪とされているからである。長々とした法廷闘争ののち、有罪となり、罰金20万ドルを宣告された。
1996年、ルペンはドイツの雑誌『シュピーゲル』とのインタビューの中で、悪名高い「些事」発言について尋ねられている。
Q:あなたは、アウシュヴィッツのガス室は第二次世界大戦の歴史の中の些事にすぎないと9年前に発言されていますが、その発言は忘れられていませんね。
A:第二次世界大戦の歴史について2000頁の本を書けば、移送や強制収容所は5頁ほどで、ガス室は20行程度でしょうね。ですから、私の発言を非難する人は、気が狂っているかつむじ曲がりなのに違いありません。
Q:そうではないでしょう。あなたの発言は、ホロコーストの独自性、前代未聞さを否定しているかのような印象を与えているからではないでしょうか?
A: 誰もが自分なりの視点からドラマを眺めるものです。私の父はドイツ軍の地雷で死にましたし、また、連合軍の空爆で死んだ親戚もいます。第二次世界大戦で は、数億の犠牲者が出ました。移送こそがもっとも恐ろしい事態であったと思っている人々もいますし、絨毯爆撃や飢えと寒さによる大量死がもっとも恐ろしい 事態であったと思っている人々もいます。
Q:ユダヤ人虐殺とその他の戦争の恐ろしい出来事を比較することで、アウシュヴィッツを相対化してしまっていますね。ドイツで、歴史家たちがこの問題を議論しました[歴史家論争]。
A: 戦争中の恐ろしい悲劇の中には、ナチスによるユダヤ人やレジスタンス戦士の移送と殺戮といったような前代未聞の事実もあります。しかし、それらはせいぜい 4年間続いただけです。ソ連の収容所群島という巨悪は数十年も続き、数百万の命が失われました。中国の収容所でも数百万が死んでいます。これらの犯罪のど れ一つとして、ユダヤ人の絶滅に匹敵するものとみなされたことはありません。私がショックを受けているのは、このような偏った見方[モノクルトゥール]で す。
ル ペンは1997年12月5日にミュンヘンを訪れたとき、再度、1987年の発言について尋ねられている。彼は、「その発言には何らやましいところはありま せん」、「冒涜であるとの批判を恐れずに、ガス室は第二次世界大戦の歴史の些事であると言ってきましたし、これからもそう繰り返します」と述べている。ま た、「5億人が死んだ第二次世界大戦についての1000頁の本を手にとって見れば、強制収容所は2頁で、ガス室は15行です。これを些事というのです」と 付け加えている。
サイモン・ヴィーゼンタール・セン ターや「人種差別に反対し、諸民族間の友好を求める運動」などの17団体が、すぐに、告訴した。1997年12月26日、パリの法廷は、この第二の「些 事」発言の咎でルペンを有罪とした。1ダースのフランスの新聞に判決文を掲載する費用、告訴した団体のうち11団体に賠償する費用として50000ドルの 支払いが命じられた。
ルペンは1997年12月のイン タビューの中で、ナチのガス室に関する異論は法律で禁止されているために、このテーマについてはもはや公に話さないと述べている。「もうこれ以上、論じよ うとは思いません。刑法によって保護されているタブーであり、口にすることができるのは、法律で認められている内容だけだからです」(See “French Courts Punish Holocaust Apostasy,” March-April 1998 Journal of Historical Review.)というのである。
メジャーな新聞も通信社が触れたがらない点は、ルペンの「些事」発言には首肯できる点があることである。フランスの修正主義的研究者フォーリソンが指摘し ているように、アイゼンハウアーもその559頁の戦争回顧録『ヨーロッパの十字軍』の中で、チャーチルも7巻本の『第二次世界大戦』(4448頁)の中 で、ドゴールも3巻本の『戦争回顧録』(2054頁)の中で、ナチの「ガス室」についても、ユダヤ人の「虐殺」についても、戦時中の「600万人」のユダ ヤ人犠牲者についても、一言も触れていない。(See “The Detail,” by R. Faurisson, also in the March-April 1998 Journal.)
本当に「評判が悪い」のは、ガス室についてのルペンの発言ではなく、彼が法廷に引き出されて罰せられたこと(オーウェル流のフランス法にもとづいて)、メディアが、彼の発言を誤って伝えたことである。
些事
ロベール・フォーリソン
最近、ルペンはナチのガス室について、「第二次世界大戦についての1000頁の本を手にとって見れば、強制収容所は2頁で、ガス室は15行です。これを些事というのです」と発言している。
彼は、この件についてもっと的確でかつ詳細な議論を展開し、その際、アイゼンハウアー、チャーチル、ドゴール、エリー・ヴィーゼル、ルネ・ルモンド、ダニエル・ゴールドハーゲン、ひいてはニュルンベルク裁判判決文に言及することもできたはずである。
<アイゼンハウアー、チャーチル、ドゴール>
第二次世界大戦についての著作の中でもっともよく読まれている作品は、アイゼンハウアー将軍の『ヨーロッパの十字軍』(New York: Doubleday [Country Life Press], 1948)、チャーチルの『第二次世界大戦』(London: Cassell, 6 vols., 1948-1954)、ドゴール将軍の『戦争回想録』(Paris: Plon, 3 vols., 1954-1959)の3つであるが、いずれの著作にも、ナチのガス室はまったく言及されていない。
ア イゼンハウアーの『ヨーロッパの十字軍』は559頁、6巻本のチャーチルの『第二次世界大戦』は4448頁、3巻本のドゴール将軍の『戦争回想録』は 2054頁である。これらの合計は(序文を含まないで)7061頁であり、1948年から1959年のあいだに出版されているが、ナチの「ガス室」、ユダ ヤ人の「虐殺」、戦時中の「600万人」のユダヤ人犠牲者について、まったく言及していない。
<エリー・ヴィーゼル>
同様のことがアウシュヴィッツとブッヘンヴァルトでの経験をつづったエリー・ヴィーゼルの自伝『夜』(New York: Hill and Wang, 1960)にもあてはまる。さらに、彼は、回想録の第1巻『すべての川は海へと続く』(New York: Random House/Knopf, 1995)の74頁で、「ガス室を詮索好きな目、イマジネーションに対して閉ざしたままにしておこう」と記している。
<ルネ・ルモンド>
ルネ・ルモンドはこの当時、「第二次世界大戦史委員会」の中の移送史小委員会議長であったが、『われわれの時代の歴史序説』の第3巻で、ガス室にはまった く触れていない(『1914年から今日までの20世紀』、Le Seuil, 1974)。14年後、彼は現代史研究所長になっているが、1013頁の『1916年から1988年までのわれわれの世紀』(Paris: Fayard, 1988)の中で、やはりガス室にはまったく触れていない。
<ダニエル・ゴールドハーゲン>
1996年3月以降、ユダヤ系アメリカ人歴史家ダニエル・ゴールドハーゲンは、その著作『ヒトラーの意図的な処刑人:普通のドイツ人とホロコースト』 (New York: Knopf, 1996, xiv-634 pp.)のおかげで、世界中のメディアから賞賛されている。彼はナチのガス室に触れているが、その際、「その効果は過大評価されている」(10頁)、ガス 室は、間違って、「過度に、一般の人々ひいては研究者の関心の対象」となり続けてきた(165頁)と述べている。そして、「ガス処刑はドイツ人によるユダ ヤ人の屠殺の随伴現象にすぎない」(533頁注81)、「ガス室に対するバランスを失した関心は訂正されなくてはならない」(535頁)とまで述べてい る。
<ニュルンベルク判決>
1990 年のフランスのファビウス・ゲイソ法は、処刑ガス室の使用も含む、「人道に対する罪」に関するニュルンベルク国際軍事法廷の判決(1946年9月30日と 10月1日)に「挑戦したり」、「異を唱えたり」することをとくに禁止している。しかし、注目すべきことに、84000語の判決文(フランス語版)のう ち、ガス室に触れているのは520語――それもきわめてあいまいである――にすぎない。判決文全体の160分の1もしくは0.62%である。言い換える と、判決文の99.38%は、ガス室に触れていないのである。
<こうした沈黙の原因>
アイゼンハウアー、チャーチル、ドゴール、エリー・ヴィーゼル、ルネ・ルモンド、ダニエル・ゴールドハーゲン、ニュルンベルク裁判は、なぜ、ナチのガス室 というテーマにはかくも控えめなのであろうか?もちろん、修正主義者はその理由を説明することができるが、ファビウス・ゲイソ法のために、フランスで公に それを口にすることは禁止されている。
フランスではそれを公にすると犯罪となってしまうのであるが、私なりの説明は以下のとおりである。
1、ナチの絶滅ガス室は実在しなかった。
2、
アイゼンハウアー、チャーチル、ドゴールは、ガス室についての自分たちの政府の宣伝が虚偽であると知っていたか、虚偽ではないかと疑っていた。(1943
年8月30日、合衆国国務長官ハルは、モスクワの駐ソ大使スタンドリーに「ガス室での処刑についての声明には根拠付ける証拠が不足している」と書いている
[Foreign Relations of the United States: Diplomatic Papers 1943. US
Government Printing Office, 1963, vol. 1, p. 416])
3、おそらく、エリー・ヴィーゼルは、自伝的作品『夜』の中でガス室に触れなかったことを後悔しているだろう。
4、ルネ・ルモンドは1978年11月に、「ガス室問題については[私に]したがう用意がある」と明らかにしてくれた。
5、おそらく、ゴールドハーゲンはガス室物語が胡散臭いことに気がついており、一握りのドイツ人の犯罪を示唆する特定の殺戮手段を強調するよりも、数百万のドイツ人を共犯の咎で告発することができる殺戮手段を強調するほうを選択したのであろう。
6、
ニュルンベルク裁判の判事は、ガス室について何か実態的なことをまったく語っていない。彼らは、「凶器」を特定する調査がまったく行なわれなかったこと、
「目撃証人」もアウシュヴィッツ所長ヘスもガス室の実態について詳しい尋問を受けなかったことを知っていたためであった。
以上はhttp://revisionist.jp/lepen_01.htmより転載
以上
人種差別撤廃条約の批准時に留保された部分を改めて署名して、ヘイトスピーチ規制法案を成立させるべきなどの議論がありますが、このフランスやドイツのおいて、この法律でいかに自由な発言が制限されてしまうかは明らかです。
しかも、そのような法律が成立している社会においても、イスラエルが戦争をすれば「反ユダヤ感情」を抑えることなど出来ません。ただ、そのような法案があるからこの位で済んでいると言う事かも知れません。
しかし、人種差別法案とは厄介なものです。ユダヤ人が堂々と自衛の名の下に民間人を狙って空から攻撃し、大量の死者まで出ているのに、その行為を批判することに躊躇(ためら)う空気があるというのですから驚きです。
国際ユダヤの人権団体が日本における愛国者のデモを反ユダヤ運動に発展するなどと懸念を表明し批判しているにのは笑うしかない。その人種差別規制法案の成立を目指している輩が、実はイスラエル大使館への抗議を続けているというのに、何も知らないということは怖いことですね。
いかに世界は偽善に満ちていつかが分ります。
イスラエル軍がパレスチナの子供や女性を無差別に攻撃して虐殺している。そのことにヨーロッパの市民が立ち上がりイスラエルを批判すると、「自由と寛容」への攻撃などと言われてしまう。
これって遠い海のかなたの話ではなくなります。日本でも人種差別撤廃条約に基づくヘイトスピーチ規制法などが成立すると、韓国で日本の国旗が焼かれる過激なデモが発生した場合、それを厳しく批判するだけで「自由と寛容への攻撃」などと言いがかりを付けられて逮捕されてしまう危険性があるからです。
