2012年10月05日

弟子の新たな決意と私の思い。


 弟子の新たな決意と私の思い。

 在特会への再入会と排外主義への信念

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 samuraiari_160P

 先ずはこのエントリーを読んで頂きたい。

 「在特」なる共生日本の孤塁 http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/51860823.html

 NPO外国人犯罪追放運動の有門大輔理事長が、私の所に顔を出してからもう17〜18年を経たのではないか? 彼が私たちが当時行なっていた極右・ナチズム運動に共鳴し大阪から出て来たのは20歳の時だった。よって彼が大阪で育った幼少から学生時代と同じくらいの歳月を私と共に歩んで来たことになる。

 私も今でこそ福島のほうが多いが、以前は週末しか帰っていなかったので、自分の家族よりも長い月日を過ごすことになる。人生とは本当に不思議なものである。同じ思想を共有するということだけで、会ったその日から枕を共にして同じ部屋で素性の知らないのに、一緒に生活出来る。

 尤も私はこの運動をやるようになってからは、常に弟子や部下と一緒に暮らしていたし、若い頃は福島に家があっても事務所に若い人達と一緒に寝泊まりしていた。それが普通の自分の生活であり、取り立ててそれが世間の一般の人と違うからと言って何とも思わなかった。

 我々が『主権回復を目指す会』『在日特権を許さない市民の会』『外国人参政権に反対する会』らと3年間ほど一緒に「語る運動から行動する運動」として盛んに活動していた頃、有門理事長もNPO外国人犯罪追放運動を率い、先輩諸兄と共に戦ってきた。

 もう、一昨年にもなろうか? 各団体間にすきま風が生じて、内部で意見の違いが際立つようになった。主に主権と在特の争いのようにも思えたが、やがて私は父が亡くなるなどして郷里に帰り実家の農業を継ぐことになる。

 主権内部における内紛などもあり、有門君も板挟みにあって苦しい選択を迫られたのではないかと思っていました。私は内紛に嫌気を覚え運動に協賛することを止めましたが、有門君は最後まで主権と行動を一時共にしてきた。

 その結果として在特会への運動に参加する道を自ら閉ざしてしまうことになり、やがて主権からも離れ、行動そのものへの疑問から、新しい排外主義と反近代という日本の明治維新以来の綿々と続けられた薩長支配に異議を唱え、独自の思想を追求してきた。

 対して私は一兵卒からやり直すことを決意した。我々は一般の人々に向かって「立ち上がれ!」とマイクで叫び続けてきた。その一般の普通の若者がフジテレビに対して、花王に対して、ロート製薬に対して立ち上がる姿を見る時に、じっとしてはいられなかった。

 主催者が誰かも知らなかったし、挨拶もしなかった。一人で日の丸を掲げ黙ってデモに参加した。自分たちがデモに参加を呼びかけていた時に、私よりも年配の方が「私のような者でも数の足しにはなるでしょう」と言われたことが胸に響いて忘れられなかったからだ。

 私はその気持ちで参加していたが、当時、有門君は自分が学び始めた新しい思想の純化に没頭しデモへの興味などは薄れているようだった。関西出身者の彼が薩長支配体制を衝くよりも、本来なら福島出身者の自分のほうが適任だと思ったこともある。

 出来れば、若い有門君が一般大衆のデモに参加し、私が明治維新以降の近代化に賛同することなく独自の道を模索すべきなのではないか? 立場が逆になれば・・・と思ったこともあった。

 しかし、様々な模索を経て今回、有門理事長が在特会や他の友好団体の抗議活動やデモに参加して、皆さんの熱い声援を受ける事が出来て、本人も決意新たに在特会への再加入を決めたことを率直に嬉しいと感じたのでここに私のほうからも紹介させて頂きます。

 今回上京する際、新幹線の中にあった「トランヴェール」の雑誌の中から〜時代を貫く、会津の魂〜を少し紹介しましょう。

 昨年3月11日の震災から復興に向けて、賢明に邁進する東北地方。

 逆境に屈することなく新しい世界を切り開こうと突き進む人々の姿は、幕末から明治にかけての会津人を彷彿させる。

 江戸中期から幕末、明治にかけて次々と襲った危機を、当時の改革者や民衆がどう乗り越え前に進んでいったのか。

 藩ゆかりの地である会津藩と下北半島に会津復興の歴史を訪ね歩いた。

以上

 明治維新で政府軍(薩長藩)に敗れた会津藩士は遠く青森の下北半島の荒れ地へと追いやられた。不毛の地で会津藩士は立藩したが、やがて廃藩置県でそこも失う。その歴史に翻弄されながらも、決して「武士の誇り」を捨てることなくその地で生き続けた。

 苦難にひるむことなく立ち向かう日本人の勇気ある生き様は、後の日本の新し夜明けに貢献した。藩を失い土地を失った自分たちは自分の為ではなく、国の為、人の為に生きるべきと悟った。

 明治、大正、昭和の激動する社会で自分を捨て、国家・民族の為に尽くす思想の形成に、会津武士魂が果たした役割は余りに大きい。

 長州閥の末裔である安倍総理の出現を私は支持しています。確かに今でも会津と長州は仲が良くない。しかし、それも時代の流れと共に今後は変わりゆくものだと私自身は思っています。

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Posted by the_radical_right at 16:58│ mixiチェック
この記事へのコメント
瀬戸さんが、毎日新聞の日本人女性を貶めたマイマイに抗議デモした時に言われた、日本人の若い者もいつまでも西村修平、桜井、瀬戸、村田に頼るだけでは、ダメだと言われたあたりから色んな保守の若い者の団体が、できたと思います。まだまだ、反日左翼の天下です。瀬戸さんの力が、まだまだ必要です。
Posted by 名無し at 2012年10月08日 21:20
私としては、引退して別名で小説ブログ作ったりして、こっち関係から足洗ってるつもりだったけど
ある程度の責任と、けじめ(報復)みたいなのがあるから引退できねえ

確実に言えるのは、顕正会を味方にするな。奴等が味方しようと思わせるな。
犠牲者を増やしたくないから、て言う事情が解るようになるには、彼等に破滅させられないと
わからないのがミソ
Posted by 亡霊 at 2012年10月06日 20:05
5
瀬戸先生の力が必要です、保守同志小さい非は糾弾せず大きくまとまり巨大団結してほしいです、敵はマスコミ在日パチンコ
Posted by 敵は巨大 at 2012年10月06日 12:21
5

せと先生の栄えある『自叙伝』みたいな記事で御座いますね。
ここまで来られるのに、亡者共に勇猛果敢に立ち向かい様々な苦悩と葛藤の果てしなき戦いをされてきた事が恐れながら頭が下がります。

せと先生の終着点・終着駅・が必ずしも成就なされる事を切に願っておりますゞ
Posted by 桜花 at 2012年10月06日 09:39
? 人権法か?
Posted by 有権者 at 2012年10月06日 06:26
やはり日本国内世論の「満州国DNA」は否定しがたいものが
有りますな。単純に排外主義を叫ぶだけでは限界があり、
右翼の原点である「反共」「防共」を基本とした主張の
構築が必要かと思われます。反共に人種は関係ありませんし
我が日本は富国で有る点で尚更要求されるかと思われます。
> 共産主義粉砕!!

南朝鮮は今、北朝鮮及び中共の主体思想や毛沢東主義に
汚染されていると言え、そういった前提で日本の汚染を
防ぐと共に「浄化」せしめなければ成りません。

特に朝日新聞やその手先である大江健三郎の類は
日本国にとって害悪でしか無く、然も日本国破壊を
企んでいるのは明白であり、これらを「粉砕する」
必要があるでしょう。

そう言った意味で有門氏の在特会合流は必要に
迫られての事かと思います。真の敵=共産主義者共
粉砕の為には自分の主張をある程度抑える必要があり、
それに向かって右翼合同と言う手段をとる、
辛い決断だったと思われます(^◇^;)

兎に角、共産主義者売国奴共の一掃が必要ですな(^_^メ)
Posted by abusan at 2012年10月06日 05:48
ナチュラルハイ、とでも申しましょうか?

取り留めのない事をもう一つ

私は、現在は神道が大好きです。「すべてのものに神が宿る」、なんて素敵な
教えでしょう。

私は、唯物論も好きなのですが、この「すべてのモノに神が宿る」という考え方
はかなりすんなり、極々自然に受け入れられました。

ところで、また勝手な解釈の話ですが、「もったいない」という言葉が有ります。

私はこの「もったいない」という言葉は、「すべてのモノに神が宿る」という思想
の根本を示すものにかなり近い言い様だと思っています。

私なりに「もったいない」に文字を当てはめてみますと「喪体無い(もたい ない)」
です。

喪体とは死体の事ですが、この言葉が実際有るかものかどうかな検索してみま
したが、これという記述は有りませんでした。

かなりの確率で私の勝手な解釈となる見込みですが、私は、この「喪体無い」を
「まだ死んでいない」→「まだ使えるモノ」という意味で使っています。

「まだ死んでいない」とはいったい何が死んでいないのかと申しますと、それは
そのモノに宿った「神様」です。

「まだそこには神様がいるよ、まだ使えるよ、まだ食べられるよ。捨てるのは
もったいない、もったいない」

これが私の日本神道観です。



随分と書き込んでしまった、と反省。

以前文書には人格が出る・・・の様な書き込みをした事がありますが、今日の
瀬戸さんのエントリーには、強い決意表明の中にも、何時に無く穏やかな心情
が感じられました。

たとえ電子の文章の中にも心は宿り、神は宿る・・・


私もついつい
触発されてしまったみたいです。
Posted by 市民 at 2012年10月06日 02:33
とりとめのない事をもう一つ

般若心経の事ですが、曹洞宗のお坊様に伺ったお話によると、僅か262文字の本文
に大乗仏教の「心髄」が説かれているのだそうです。

そんな話を聞いた後、有り難そうだったので一度通読してみたのですが、少し気にな
った記述が有りました。

「舎利子」という人名が2度も出てくるのです。

大乗仏教の「真髄」をギュッと濃縮した262字の中に2度も登場するのですから、これ
や如何に、とまあそんなところです。

「舎利子」というのはお釈迦様の高弟だった方だそうで、これは私の勝手な解釈です
が“人の最も重要な行いは、後に続く者を創る事 ”だよ、と説いているのではないか
と思っています。

もっとも、舎利子自身は釈迦より先に亡くなったようですし、般若心経も、研究者から
してみればツッコミ所満載なそうですが、日本中広く受け入れられている経典の教え
ですし、そもそも人間の営みは子孫を残すこと、子孫繁栄の為の行為そのものなの
でしょうから、この解釈も当たらずとも遠からず、無きにしも非ずと言ったレベルで、自
分なりに正しいこととして受け入れています。

後から続く者、良き弟子を創ことは、先人の重要な責務ではないかと思っています。

その点からすると、瀬戸さんは良いお弟子さんを持たれたという事で、私の般若心経
的解釈から致しますと、「素晴らしい」の一言に尽きます。

それにも増して羨ましいのは有門さんですね。お師匠さん(おっしょさん)と呼べる方
が一人でもいらっしゃるのですから。

私のおっしょさんは、私の中では全員全滅です。なにせ全員左翼でしたから。

お二人のご活躍を心より応援させていただきます。


Posted by 市民 at 2012年10月06日 01:35
瀬戸さんと有門さんの師弟愛は美しいと思います。

お二人とも純粋な愛国者でいらっしゃるので良い関係を保っているのだなあと、いつも微笑ましく思っていました。

在特会を含め昔から一緒に活動してきた人たちとまた合流して、そして新しく参入して来た愛国活動家とも合流して、愛国者の大きな流れを作って欲しいです。

多少の意見の食い違いで離れてしまっては、せっかく皆さんが築き上げて来た愛国活動が勿体無いです。

今は日本にとって正念場ですから小さな事には余り拘らず、皆で協力して愛国活動を盛り上げていきましょう。

愛国活動万歳!
Posted by 愛国活動万歳! at 2012年10月06日 00:36
追伸

関係ないかもしれませんが、以前は千風の会の渡辺さんと言う方も
ご一緒だった時もありますよね。
またお声掛け頂いて一緒に活動して頂きたいです。
千風の会の渡辺さんは、住民訴訟など起こされていて、勝訴したり
しっかりと功績もありますし、行動力がある方なので応援しています。

Posted by 主婦 at 2012年10月06日 00:30
今から17、8年前ですが、私も、旧会津藩の面影を訪ねて会津から下北半島
のむつ市辺りまで車で走った事があります。

会津は盆地の中に有る街ですね。ですから夏は猛烈に暑くて、冬はしんしんと
冷る。四方を緑豊かな山々に囲まれ、この地の田んぼからは、おいしい米がと
れるのも納得の風景です。

過去には伊達政宗や蒲生氏郷、上杉氏がこの地を治めたそうで、特に氏郷の
時代には、氏郷の以前の領地から氏郷を慕って多くの近江人がこの地に移り
住んだそうです。

近江人といえば近江商人。すぐ隣の喜多方市は「ラーメンと蔵の街」で全国区
になったり、会津の酒造メーカ「栄川」「花春」は関東でも有名ですし、白虎隊が
歴史に埋もれること無く今に伝わっているのも、会津が、白虎隊と会津の組み
合わせを上手にPRして毎年多くの観光客を呼べるのも、近江人の子孫の血が
影響しているのかな?。

少し離れた二本松市にも二本松藩の藩士として戊辰戦争時に官軍と戦った12
歳〜17歳の少年達が居たのですが、残念なことに白虎隊ほど知られてはいま
せんね。

青森県のむつ市では・・・、やっぱりここは辛い土地ですね。なんせ会津百万石
の地からの移住でしたから。
Posted by 市民 at 2012年10月06日 00:29
瀬戸先生こんばんは.
在特会におかれましては、その過激な言動や行動から一部で批判的な意見も飛び交いますが、彼らは街宣の現場で命張ってるなと思います。
暴力と防衛は違います。
彼らの言動や行動はすべて防衛です。
そして、凶器は人を守りませんが、武器は日本国民を守ります。
良い言葉だなぁと。実はこれ、ある保守系動画のタイトルを引用させて頂きました。
綺麗事ことなかれ主義から、防衛の為に武器を手にする日本に生まれ変わって頂きたいと願っています。
米軍の原子力空母が中国海軍を追い払ったように、日本も強くありたい。

有門様の在特会への再加入は大変喜ばしいことだと受け止めております。
Posted by まーこ at 2012年10月06日 00:27
5
瀬戸様いつもご苦労様です。
日本を守るためにこれからもがんばられてください。
野田よしひこの祖父は在日だそうです。
ネットにより知りました。
野田や民主党の奴らがほとんど在日だから311民主党テロが起きたのです。彼ら売国奴反日朝鮮在日政権の民主党にとっては日本人が何人311で死のうと日本人が増税によって貧乏になろうと祖国朝鮮がよければいいのです。
民主党がこの日本から消えてなくなるように瀬戸さま宜しくお願いします。
Posted by 拡散希望 at 2012年10月05日 21:43
放射性物質:福島・県北のあんぽ柿基準超え、加工自粛
http://mainichi.jp/select/news/20121006k0000m040075000c.html

>あんぽ柿などは原料の柿に比べて放射性物質が1.5〜14.5倍に濃縮されていた。

おなじ柿でも生柿なら良くて水分の抜けたあんぽ柿はダメなの?
食べる人にとってどっちも一個の柿なのだが。。。

Posted by take at 2012年10月05日 21:39
今の若者が目覚めて、日章旗を持って立ちあがっているのは、
間違いなく瀬戸さんたちの功績であって、自然発生したものではないと
思っています。あの力強い演説を聞いて危機感を持った日本人はかなり
多いです。私なんか電気が走ったみたいに痺れましたもん。w
最近は不買やデモも盛んになり、以前より社会の流れがちょっとだけ
マシにはなりましたが、何よりマスコミが狂っていますからね。
なので、異常な日本には、まだまだ瀬戸さんたちのお力必要です。
有門さんも在特会に再加入することになって本当に良かったです。
有門さんはお若いですし、金友さん達と一緒にこれからの若者の
勢力を伸ばしてほしいです。とても嬉しいです。
心から応援しています。


Posted by 主婦 at 2012年10月05日 21:02
日本に必要な法案
http://sentaku.org/topics/42201244
Posted by 必見 at 2012年10月05日 20:41
陰の総理 仙谷由人ついに失墜 (日刊ゲンダイ)

http://www.asyura2.com/12/senkyo136/msg/645.html
Posted by まだまだ江田五月がいる! at 2012年10月05日 20:15
そう簡単に引退表明出来ないのがつらいねえ。

Posted by 亡霊 at 2012年10月05日 20:08
師弟愛、いいですね。
Posted by 野次馬 at 2012年10月05日 19:57
明治維新をヤラカシタ第一世代は後ろめたさは感じてたらしい。500公爵と手下の千円札など。
Posted by 問題解決 at 2012年10月05日 18:39
城下の人々が若松にもどってみると、大町から東の町々は西軍の営所となり、諸藩の隊は焼け残った家財や土蔵に「分捕」の標札を掲げていた。そこで人々は相当の代価を払って西軍から自分の家財を買いもどしたが、遅くもどった者はすでに無一物となり、何一つ買いもどすことができなかった。(柴五三郎『戊申見聞漫筆』)
Posted by 長州が会津にしたこと at 2012年10月05日 17:58
政府軍兵士は商工農家を問わず家財の分捕りに狂奔した。愛宕町の質屋森田七郎右衛門の土蔵などは、薩州隊と肥後隊が分捕りを争い、薩州隊は自分の方が不利となると土蔵を爆破してしまった。のちに森田はその焼け跡の灰を掻き集め、いくらかの金塊を得たということだ。兵士らはこのように分捕った品物を集め、公然と「薩州分捕」「長州分捕」その他何藩分捕といった大標札を立てる有様だった。男女老幼を殺し、強姦などは公然のこととしていた。陣所には一般婦女子を捕えてきて妾とし、分捕った衣食酒肴に豪奢を極めていた。(柴五三郎『辰の幻』)
Posted by 長州が会津にしたこと at 2012年10月05日 17:55
あれだけカッコ付けてデカイ面してた連中は何やってるんだろう。
Posted by 9 at 2012年10月05日 17:53

生中継!3万人超え!
朝日新聞社前抗議集会!
http://live.nicovideo.jp/watch/lv110454915?ref=&zroute=timetable&tab=index
Posted by 拡散 at 2012年10月05日 17:45
内乱、内輪もめは反日勢力等にとって好都合。
Posted by 大滝 at 2012年10月05日 17:12
海援隊時代に武田鉄矢さんが青森(下北)でライブしたとき青森弁であいさつしたつもりが津軽弁だったとかできつく指摘されたとか。

どうもそのライブには会津から下北へ送られた人の末裔が多くいたらしい。
Posted by そういえば at 2012年10月05日 17:10