(続き)
原爆投下はユダヤ人によってなされた。
●結局、原爆開発に関わる科学者たちを駆り立てた「戦争早期終結論」は、広島に続く「長崎」への原爆使用によって、「ドイツ原爆対抗論」と同様に虚構の理論であったことが明らかにされた。
●最新の調査によると、アメリカ政府は1943年5月という早い時点で「対日投下」を決定し、原爆使用を来たるべき戦後の原子力開発競争において、アメリカがとりわけソ連に対していかに優位を確保していくかを中心に議論していたことが判明している。
大戦中、アメリカとソ連は同じ陣営に属してはいたが、戦後の世界再建に向けてにらみ合っていた。ともに増大する軍事的脅威に危機感を感じ取っていた。ソ連はヨーロッパ戦線でベルリンを陥落し、東ヨーロッパの大部分を手中に収めるにまで至っており、アメリカと対等の席につくはずであった。ところが、原子爆弾という切り札によってソ連の優位は崩れ、アメリカに交渉のイニシアティブを握られてしまったのである。
原子爆弾は「対ソ外交」を有利に運ぶ上で、効果的な材料だったのである。

(左)ヨシフ・スターリン (右)激戦の末、ベルリンの帝国議会の
ドームに翻ったソ連国旗(1945年4月末)
●ちなみに、「マンハッタン計画」に携わったユダヤ人科学者の中で、もっとも反日強硬派だったのはフォン・ノイマンだろう。彼は日本人を蔑視し、京都を原爆の最初の血祭りにあげるべきだと主張。京都が日本国民にとって深い文化的意義をもっていたというまさにその理由によって、京都の破壊を求めていたのである。
しかし、ヘンリー・スチムソン陸軍長官の反対によって、京都は原爆のターゲットから外された。彼は、京都の代わりに長崎の追加を指示したのである(1945年7月22日)。
●一般に、この時にスチムソンが京都を原爆のターゲットから外した理由として、「スチムソンは京都が歴史のある都市であることを理解していたから」という “美談”で語られる場合があるが、だまされてはいけない。この“美談”は、戦後、GHQがお涙頂戴好きの日本人を洗脳する為に、意図的に流したニセ情報である。
アメリカ軍部の一部は京都を原爆投下目標とすることを諦めず、空襲を実施しなかった。原爆投下後に原爆の影響を正確に把握するため、空襲が禁止されていたのである。京都が最後まで空襲されなかったのは、原爆投下の前に日本が降伏したからにすぎない。
スチムソン以外にも、「京都を戦果から救った恩人」と言われるアメリカ人が何人かいるが、すべて何の根拠もない流言に過ぎないのだ。詳しくは吉田守男著『京都に原爆を投下せよ ― ウォーナー伝説の真実』(角川書店)を読んで欲しい。当時のアメリカ政府は、日本の文化遺産を根こそぎ破壊することに、なんのためらいもなかったのである。
京都・奈良・鎌倉など、貴重な文化財の残る古都が
アメリカ軍の空襲を免れたのは、その価値を認めてくれたからだ、
という「定説」は、まったくデタラメだった。それどころか、
京都は第3の原爆投下目標のひとつだったのである。
その証拠を丹念に洗い出し、この俗説が
流布・信奉された理由を暴いている。
●ところで、「マンハッタン計画」をスタートさせたフランクリン・ルーズベルト大統領は、日本人を“劣等人種”として激しく差別していたことで知られている。一般のアメリカ人の間にも、日本人に対する人種差別意識が蔓延していた。
当時のアメリカの雑誌にはこう書かれていた。
「アメリカ人はドイツ人を憎むことを学ばなければならないが、日本人に対しては憎しみが自然と湧いてくる。これはかつてインディアンたちと戦ったときと同様に自然なものだ。」
「普通の日本人は知性が低く、無知である。たぶん人間なのだろうが、人間であることを示すような点はどこにもない。」

(左)「マンハッタン計画」をスタートさせた、
第32代大統領フランクリン・ルーズベルト。
強烈な親中反日主義者であった。
(右)『人種偏見 ─ 太平洋戦争に見る日米
摩擦の底流』ジョン・ダワー著(TBSブリタニカ)。
あまり語られることのない「人種戦争」の真相。
太平洋戦争における日米両国の憎悪の
構造を分析し、「人種主義」再生の
危険性に警鐘を鳴らす問題作。
●当時、トマス・ブレーミー将軍も、こう演説していた。
「諸君らが闘っているのは奇妙な人種である。人間と猿の中間にあると言っていい。文明存続のために我々は最後まで戦いぬかねばならない。日本人を根絶しなければならない!」
●さて、最終的に、2個の原爆が日本に「無警告」で投下されたことに満足したフォン・ノイマンは、戦後のビキニ環礁の核実験に立ち会ってガンになり53歳の短い人生を終えた。
また、全人口に対してユダヤ人口が5〜6%にしか過ぎなかった当時のアメリカで、広島に原爆を投下したB29「エノラ・ゲイ号」の搭乗員として特別に選ばれた15名のうち、ユダヤ人が7名も占めていた。機長のポール・ティベッツもユダヤ人である。広島に原爆を落としたとき、彼はまだ30歳だった。
ポール・ティベッツ機長をはじめ搭乗員の多くは、戦後もずっと「全く後悔していない。夜眠れなくなったことも一度もない。あの時、我々は人類にとって最善のことをしたんだ」と述べ、原爆投下の正当性を強調した。
このことからも、ユダヤ人の中には原爆の対日投下に反対する一方で(レオ・シラードなど)、日本に対して敵対的な感情を持つユダヤ人がいたことが伺える。

(左)ユダヤ人ポール・ティベッツ機長 (右)B29「エノラ・ゲイ号」の搭乗員たち
彼らは戦後もずっと「投下は間違っていなかった」と述べ、
原爆投下の正当性を強調した

広島に原爆を投下したB29「エノラ・ゲイ号」

(左)広島に投下されたウラン型原爆 「リトル・ボーイ」
(右)長崎に投下されたプルトニウム型原爆 「ファット・マン」
●ところで、アメリカのユダヤ人には、猛烈な反日ユダヤ人もいれば、日本の文化を愛する親日ユダヤ人もいる。
現在も、日本に何の興味も持たないユダヤ人もいれば、「日ユ同祖論」を信奉する強烈な親日家もいる。また、アジアの中では日本よりも中国(華僑勢力)との友好を求めるユダヤ人もいるし、アジア勢力全体を嫌悪するユダヤ人もいる。
アメリカのユダヤ人は、親日家と反日家含め、実にさまざまな人間がいるといえよう……。
以上、見てきたように、原爆の誕生にはユダヤ人が大きく関わっている。これは否定できない事実である。
もちろん、対日使用に賛成の者もいれば、反対の者もいた。様々なユダヤ人が様々な「思惑」を抱いて関与していたのである。(念のために繰り返しておくが、当館は、「原爆の責任は全てユダヤ人にある」と主張するつもりはない)。
これら原爆に関わったユダヤ人たちに対する評価は、人によって大きく分かれると思うが、いずれにせよ、広島と長崎の悲劇は、アメリカ政府が犯した「戦争犯罪」だったことは確かである。(この件に関しては、次章で詳しく触れたい)。
以上
私の政治思想経歴をここで今更述べることもないとは思いますが、誰よりも反ユダヤ主義を掲げて戦ってきた人間です。
昭和62年2月20日
反米・反フリーメソンの街頭行動を実施
我々は日本で初と思われるフリーメイソン日本支部が設けられている麻布のビル前に結集した。
私はまだ34歳という若さでした。昨日の夜この時代の機関紙を手にとって眺めていると、若い時の活動が思い起こされて胸が高鳴りました。
今とはまったく違った活動であったかも知れないが、その心の中には燃えたぎる“愛国心”があった。
この日本を守らねばならないという確固たる信念は今でも揺らぎはない。
現在の日本は政治の混乱、経済の低迷、道義の喪失、そして周辺諸国からの侵略の危機が顕著に現れている。そして国民の心の中には、言いしれぬ不安と焦燥、深刻なまでの空虚が支配するまでになっている。
今日の状況とは徳川300年の暗い停滞を打ち破った幕末時代よりも危機的状況に満ちてはいないか。有史以来、最大の未曾有の危機と言っても過言ではない。
過去記事より
私のウィキペディアにも次のように紹介されています
ナチズムと国家社会主義 [編集]
1980年代末からの一時期「ネオナチ」を自称し、現在でもヒトラー・ナチズムへの親近感を隠さない。ホロコースト否定論[59]やユダヤ陰謀論[60]を好意的に紹介することもある。国家社会主義者を自称し、世界恐慌(1929〜)に対するナチス政権の軍拡・大規模公共事業による失業者対策[61]、世界金融危機におけるオバマ米大統領の金融規制改革をともに高く評価した[62]。小泉内閣の主導した新自由主義路線が格差を拡大したことに批判的で、貧困層の救済[63]・企業の不正追及を標榜している[64]。農家に生まれ農業高校を卒業した経歴もあり、ともに二・二六事件の思想的背景となるなど日本の近代史において国家社会主義と交差した農本主義にも親近感を示している[65]。
反米右翼は反ユダヤ」主義の立場を明確にしていない。反米とは言っても反ユダヤで我々と共闘したこともない。何故か反ユダヤ主義を避けてきた。ヒトラーを評価するとユダヤ人虐殺のホロコーストを擁護しなければならないので、逃げてきたと思います。
私は反米を掲げてはいないが、反ユダヤを掲げてきました。日本人虐殺を狙った広島・長崎への原爆投下はユダヤ人の手による許されない日本人への戦争犯罪なのです。
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