子育ての原点・野生動物に学ぶ
祝 こどもの日
子育ての原点・野生動物に学ぶ
今朝は政治思想の話は晩に回して、純粋に子育ての話題を書いてみたいと思います。我が家ではもう子育ては終わりました。娘と息子も成人になっています。まだ二人とも大学で学んでいますが、一応は親の務めは終了です。
現在、子育て中のお母さんなども、このブログを見ている人には多いと思います。「こどもの日」でもあるので、子育てについて書いてみることにします。―と言っても、私の家庭でもなく人間でもありません。動物の子育てについてです。
福島市のお隣りには二本松市があります。この二本松市には東北サファリパークといって、野生動物を放し飼いにしている動物園があります。
http://www.tohoku-safaripark.co.jp/
私はこの東北サファリパークの熊久保勅夫(ときお)社長には若い頃大変お世話になりました。一週間に一度くらいは必ずいつも遊びに行っていたものです。
この熊久保社長は現在はサーキット場なども運営し大成功を納めていますが、丁度ライオンパークとしてオープンした頃に知り合いました。正確にはライオンパークを開園する前年の冬でした。
日本の最北限でアフリカ・ライオンが外で越冬できるのか、その初めての冬の季節でした。ライオンは降り積もった雪原の中で元気に飛び回っており、何とも不思議な光景でした。
その後サファリーパークとしてオープン。多くの野生動物を放し飼いにして育てました。その中で野生動物の子育てを体験してきたわけです。
また、サファリパークには多くの子供連れのお客さんがやって来ます。現代の親子の姿を誰よりもよく観察していました。熊久保社長はそれらをまとめて「野生動物の母に学べ・子育ての原点」という本も出版されています。
よく野生動物の子育ての話を聞いたものです。もう二十年も前になるので、忘れている部分もありました。その本に書かれてあることも紹介しながら進めていきます。
ライオンの子育てですが、自然界の場合は出産は雌ライオンが一匹だけ群れから離れて行ない、子供が立って歩けるようになるまではメスだけで育てます。
サファリパークでは大自然ほどの大きさはないので、雌は檻の中に入れ、そこで出産させます。雌ライオンと子供達は出産後3ヶ月ほどは群(プライド)からは離しておきます。
その雌がその後群れに戻る時のことです。先ず最初に雄ライオンのもとに歩いて行く。もともとそのプライドにいた雌であることは3ヶ月離れていても分かるそうです。
雄ライオンに近づいた雌は頬ずりをします。すると子供たちがちょろちょろとやって来て、近づいて顔見せをする。同じようにプライドのすべてのライオンにそのように接して行くといいます。
その様な儀式が終わって初めてプライドの一員として認知され、そのライオンの共同体の中で暮らしていく。よく見ていると元気な暴れん坊もいれば、静かにしている子供もいる。
熊久保社長が言うには、体力的な違いや性格の違いがあっても、ひとたびそのグループに入れば、分け隔てなく仲間が接するという、そこには百獣の王らしからぬ優しい思いやりがあり、それがプライドと呼ばれる群れの生活の基調である。
そのプライドを観察して分かったことがある。それは子供同士のじゃれあいケンかでも必ず勝ち負けはある。その繰り返しが毎日のように行なわれる。
これを見て次のように思ったそうです。人間にも勝ち負けはある。その繰り返しが人生である。要はその勝ち負けに慣れてしまえば良いのだと。
野生動物はそれを繰り返し慣れることによって育っていく。
ところが人間の子供は一回や二回でそれを止めてしまう。とことん親もやらせようとしない。勝負には必ず勝ち負けはつきものである。勝ったものは誇らしく、負けたものはその時は惨めだ。
しかし、見ているとその一瞬の内に勝った者は油断したために、今度は負けてしまう。負けた者は次に勝つための努力の結果、今度は勝者となる。
人間社会の子供もそうだし、そのような子育てが必要だと言うのです。毎日、何百組もやってくる親子は、母親が何につけても「これ駄目、あれ駄目」とばかり言っている。
子供に挑戦させようとしない。何事もやらせなければ覚えないし、負けたり、失敗することから、次には成功するための努力の方法を必ず見つけ出す。
その小さい頃からの経験がやがては大人になった時に、苦境から切り抜ける道を自分で探し出す。その訓練を小さな時からして、その精神力を習得する子供には自信が備わる。
自信を持たせることが、自然界における動物の子育ての原点であると言います。
この熊久保社長は東北では所得番付で1位になったほどで、福島県ではいつも上位につけている常連です。この企業家としての成功の秘訣を、人との付き合いだと私に常々教えてくれました。
仕事をする上で最も大切なのは、その人間を知るということである。それは机の前で座っていて本を暗記していても分からない。何かを判断する時に、そのような勉学だけでは役立たない。
社会に出ればお金が必要になる時もある。その時に「孔子はこういっている、トルストイはこういっている」と言ったって、それで回りの人は感心するが、目的には何ら役立たない。
ない時は、ある人のところに行って借りなければならない。その時に重要になるのが、ものの言い方、頭の下げ方であり、それを知らなかったら社会では何もできない。
この人付き合いこそ、幼児の時から学ばなければ備わらない。それが社長の教えでした。人付き合いとは呼吸のようなものであり、心の持ち方である。心の技術(わざ)と言っても良い。
よく、あうんの呼吸という言葉がありますが、このタイミングよく相手の心に取り入る技法こそ、幼い時に同年代の子供と遊ばせることによって会得出来るものであるというのです。
だから子供を勉強付けにして遊ばせなければ、人付き合いの出来ない子供に育ってしまう。遊びこそが最善の教えであり、勿論、最初は親も一緒に遊びに付き合って、そのルールを教えるべきだというわけです。
ライオンの社会がまさしくそうなのです。子供は徹底的に遊ぶ。かみ合ったり、のしかかったり、押し倒したり、肉食獣はその動作の一つ一つが捕獲につながる。
良く見ていると親がたまにきて、身を低くして、パット跳びかかる。抑え込む姿勢をして見せるそうです。子供はそれを遊びの中に取り入れていく。親が教えなければならないわけです。
親ライオンにじゃれて、子供がまともに噛んだりした時には、子供であっても猛然と襲いかかり抑え込んで子供に噛み付く、それは激しいが傷つくほどではないそうです。
最後に私の意見としては、私も子供の頃、よく遊んだ記憶があります。石蹴りやかくれんぼ、毎日のように神社で遊びました。
しかし、そのような光景を今、目にすることはありません。私の実家の近くは宅地化が進み、子供の数は増えているのですが、遊んでいる子供を見かけない。
仲間と遊ぶことをしなくなった子供たちの将来、日本の未来はどうなってしまうのでしょう。そのことが一番の気掛かりでもあります。私の知らない所で遊んでいるのであれば、心配ないのですが…。
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Posted by the_radical_right at 06:57│
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博士を支持する!【Empire of the Sun太陽の帝国】at 2007年05月05日 16:57
親としては子供が静かにやっているので、近所から苦情も出ず、犯罪者に誘拐されることも無く安心です。
子供の遊びは大人を模倣してるので、これだけコンピューター化した世の中では子供がゲームに興味を示すのも当たり前とどこかで読みました。
コントローラーを操作するのも、将来機械を操作する訓練だとか。
もちろん、そればかりではなく、外で走り回ってきゃっきゃと遊んでいます。
一番大切なのは、自分に自信を持つというところで、勝負に入る前にまず自分の存在を確かなものに感じ自分が好きになるように、3歳くらいまでに育てることと思っています。
ですので、ライオンのお母さんのように、べったりと過ごしてあげるのが良いと思います。母親はそれが辛くて仕方ありませんけれど・・・。
人間の場合、お父さんがたまにしかいないと、赤ちゃんは全然なつかず、大泣きしますので、父親もよく抱っこするのが良いというのが私の考えです。
一体どこで遊んだらいいのでしょうね。
毎日何人もの子供が変質者に会うという事件のある町ですので、子供だけで遊びに行かせる訳にも行きません。
なんだか愚痴のようになってしまいました。
TVゲームですが、私も大好きですので肯定派です。
面白いですよ。くだらないTV番組を見ているよりずっといいです。
ゲームなら場所はどこでも済みますし、kameさんも言われていますように、友達同士で通信を楽しめます。
昔のコマで対戦する遊びのコマが、携帯ゲームにかわり、めんこがカードゲームのカードに変わっただけと私は思っています。
体が小さい子や、力の弱い子も、ゲームのテクニックなら勝てるという事もあります。見た目が不健康そのもののゲームですが(笑)勝負を経験するひとつでもあります。
続きます。
私の家の近所には、近い年齢の子供が多くいるので、お世話役の子などもいて、小さい子に教えたり、譲ったりなど、異年齢同士様々な経験が出来るので有難く思っています。
しかし、問題なのは自然に触れ合いながら思い切り遊ぶ場所が無いということです。
空き地があっても、どなたかの土地ですので入れません。それに大抵は駐車場になっています。
公園はボール遊び禁止です。ベンチには昼間からお酒を飲んでいるおじさんもいて怖いです。
小さい子はよく金切り声をあげて遊びます。私は大声を出すのは大事な事と思っていますので、昼間なら自由にさせていますが、これを近所に遠慮して叱る親もいます。
どちらが正しいかはわかりません。言いたい事は、大声を出せない子もいると言うことです。
雑草をむしって遊ぶ事もできないので、うちでは近所の子供たちに花壇の葉を摘ませています。
続きます。
以前、テレビで見たのですが子ライオン同士の戯れの中、1頭の子ライオンが命を落とした。母親のライオンはその死骸の周りを何時間もグルグルと歩き続け最後はその子ライオンを食べた。生き残り、また子を産むため
なのでしょう。
話は変わって、我が家のバカ息子は毎日ゲームに夢中でゲームがないと夜も日も暮れないほど熱中しています。でもみんな一人でするゲームより対戦、参加型のゲームを好んでやっているようです。連日の水泳クラブ練習で遊ぶ日も限られていますし、野球をするような遊び場所もありませんが外遊びが一番楽しいようです。与えられた環境の中でも皆、遊び方は変わっても人との関わりを欲しているのだろうと思います。
自然教育の充実を
現代人は食べ物があってあたりまえという
農業のありがたみを忘れてしまったようです。
また、アスファルトに住む都会人は、自然の土を見る機会もなく、自然のありがたみがなかなかわかりません。
新風と瀬戸どのには自然教育の充実でご活躍を期待しています
瀬戸さん、皆さん、こんばんは。
思えば小生の子供の頃も、今より自然が多く、それらと触れ合う機会が多かったと思います。
その経験は、今でもどこかで役に立っていると感じております。
ゲームなどは、子供の頃は親に禁止されており、大人になってから初めてプレイしましたが、
今思えばそれでよかったと思います。
しかし今の子供はどうなのでしょうね?少し心配です。
これが杞憂で済めばよいのですが…。
すみません、関係ないことですがちょっと気になったので書いておきます。
SAFETY JAPANというサイトで大前研一氏が連載するコラムの第75回で日本は慰安婦の強制連行を認めていた、という題名で色々書いていますがこの人は一体どういうつもりでこのようなコラムを書いているのでしょうかね。
この大前氏は左翼系なのでしょうか?
> だから子供を勉強付けにして遊ばせなければ、人付き合いの出来ない子供に育ってしまう。
学校の勉強だけ上手になって、高級官僚になっては、その官庁だけの利益を考えるようでは、人付き合いの延長である外交や、国民の事を考えた政策を立案・実行できるのでしょうか?
続き
キリサンシー、あの馬は新潟の馬で、いつも天気が悪い雨模様の所で走っていますよ。
私は迷わず、その馬にすべてをつぎ込んだのです。そして大当たり、百万円近くの大儲けでした。人生で競馬で儲けたのはこの年だけでした。その後はさっぱりで今は競馬も止めましたが、忘れられない馬でした。記憶が呼び戻されて思わずにっこりしてコメント読ませていただきました。
備後屋さんへ
ダイゴウがルダン、熊久保社長の持ち馬でしたが、私としては一生忘れなれない馬です。中央の公営競馬で7連勝しました。私は2回目から勝ったので6連勝でした。随分と儲けさせて頂きました。公営競馬の代表馬として、天皇賞にも出場しました。この時、熊久保社長が行けなかったので、私が代理で京都まで行きました。調教師さんが、天皇賞では無理だよというので、2万円だけ買って、残りをどうするか悩んでいた時に、丁度大型スクリーンに東京競馬場が映し出されました。丁度雨が降っていました。その時調教師がつぶやいたのです。
(承前)
数年前にIQ(知能指数)に代わる概念として、EQ(心の知能指数)なるものが提唱され、人口に膾炙した。
正確ではありませんがEQの大凡の概念は、集団的生活を営む人間と云う種の性質に於いて、「他者との関わりの中で、自身の感情を律し上手くコントロールすることで、適切な言動がとれる能力」と云うことらしいのですが、小生は聊か不足しておるやも知れません(笑)。
頭の回転が速く、“お勉強”はよく出来ても、他者の心情を察して適切な行動をとることの苦手な子供が、昨今では多いのではないでしょうか。そうした自意識の過剰さが蔓延してゆく先の将来の日本は、自己中心的な者が我意を押し付けあう殺伐とした社会になりはしないかと危機感を覚えます。
他者との関わりを育んできた日本人は元々EQの高い民族だったでしょう。ところが現在、その心の知能指数は急速に失われている気がしてなりません。
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。
喧嘩の強さはどうしても先天的、後天的な資質に偏りがあって、体力的に劣る子供が努力をした結果、強い子に再戦を挑んで勝者になるケースも無きにしも非ずでしょうが、現実的には殆ど考えにくい。
けれども人間は、取っ組み合いの勝敗のみが実社会での評価に繋がる訳ではございません。駆けっこが得意な子、珠算の早い子、漢字をよく知ってる子、子供には何かしらの得意分野がございます。「好きこそ物の上手なれ」などと申しますが、得意なものは好きになるのが道理。その得意分野を上手く伸ばしてやることが、我々大人の務めではないでしょうか。蕾がやがて大輪の花を咲かせることもございます。オリンピックの金メダル、ノーベル賞受賞、元を辿れば好きな分野を伸ばしていった結果だと思います。
(続)
両親とも稼ぎで家を留守にしている状況を改善しないことには教育も何も始まらない様に思います。
まずは子作りより親作り。
募金テーマ あしながさん奨学金
あしなが育英会は、病気や災害や自死(自殺)で親を亡くした遺児に、
1:奨学金で進学を支援し、
2:「虹の家・つどい」で心のケアをし、
3:学生寮で遺児を受け入れて教育活動も行っています。
全額を病気や災害や自死(自殺)の高校や大学生の遺児の奨学金として、大切に使わせていただきます。
http://volunteer.yahoo.co.jp/donation/detail/1379001/index.html
養老孟司氏も、子供の成長には、
子供同士の遊び社会が重要だということを書かれていました。
かつ、出来れば、
同じ年齢の子供だけでなく、
年少から年長、年齢の異なる子供達が、
基本的に親抜きで集まり、
成長と共に社会的リーダーシップの発揮や
年少者の面倒をみる心配り・責任感をもつようになる場が望ましいとも。
弱いコネコが捨てられてしのびないです
コネコにもやさしくお願いします
熊久保勅夫氏が出てきましたか〜。
熊久保氏と言えば大馬主としても著名な方で『ライオンで儲けた金を
ウマで損する訳にはいかない』と言い放って、見事に黒字化…さらには
馬主獲得賞金ランキングでも上位を賑わす御方です。
主な所有馬としてはダイコウガルダンがいます。
熊久保氏の馬主スタンスは”中古馬再生”…出走経験のある馬を安く買い
適正を考えた調教を施して違う地区に移す…という独特のスタンス。
前出のダイコウガルダンも上山所属時代に安く買って大井に移したら大化け
…ある程度は確信だったそうですが想像以上の成功だったそう…です。
この話も紹介された「ある時は勝負に負けても…」に通じるものがあり、
一種の哲学なのだな、と関心した次第です。
『道徳』をあまりにも軽んじ、また、「価値観」をより重きものに捉えた結果、
現在、わたしたちは、対処しにくい多くの問題に直面していると思います。
『道徳』と『価値観』を、どのように調和させ、どうすればそのような生活が
可能なのか、私たち一人一人の課題ですね。(難題かも?)
私が小学生のころからファミコンなどのゲームをやっていたのでちょうど家庭用ゲーム機世代ということになります
昔は友達と多人数プレーのゲームでよくあそんでいました
もちろん鬼ごっこは毎日やっていた記憶もありますし自然の中でも時々遊んでいました
部活などはずっとやっていましたがそれ以外の娯楽となるとゲームでした
それらの過程を進んでいった者として自然や本やゲームからでも共通して学ぶものはあるのです
子供中心であった時代はすぎ労働者中心そして高齢者へと社会の目は向いていますがおろそかになりつつある子供に目を向けることは重要です
私達の子供は日本の将来を支えるものであり国の宝であるはずが今では大人達が一歩距離をおいているようなきがします
子供は学ばせなくても親を見て育ちますから親はあるべき大人の姿を子供に示せばいいのではと思うのです
お稽古事の無い日、アポを取り合い、子供達は確実に遊んでいる。
しかし、何故、遊んでいる姿を見ることが出来ないのか。
ひっそりゲームをしているからである。
特に男児にこの傾向は顕著である。
頭を寄せて、それぞれがそれぞれのゲーム機に没頭する。
そこに取っ組み合いも罵り合いも無い。
何故親はこの状況を何とかしない?
大丈夫か? 日本男児
大丈夫か? 日本の未来
習い事で遊ぶ時間が無かったりして‥
(承前)
これを一概に「子捨て奨励」と批判するつもりもございませんが、「もっとその前にやることがあるだろう」というのが率直な感想です。
(以下、引用)
「赤ちゃんポスト」が完成 連休明けにも運用開始
(朝日新聞) 2007年5月1日(火)12:41
様々な理由で親が育てられない新生児を匿名で預かる「赤ちゃんポスト」を病院内につくっていた熊本市の慈恵病院(蓮田晶一院長)は1日、施設の工事を終えたとして、除幕式を開いた。市保健所による安全性の現場確認を受け、今月中旬にも「こうのとりのゆりかご」の名前で運用を始める方針だ。
(goo ニュース↓)
http://news.goo.ne.jp/topstories/region/20070501/929c090d9e1bb4ab2b711bd338645bc2.htm
瀬戸様 おはようございます。
今日は朝から良いお話をありがとうございます。子育ての原点は野生動物に謙虚に学び、人間も元来有していたものを思い起こすべし、でしょうか。
子供同士の遊び、喧嘩を通じて社会性を身につけ痛みを知り、他人への思いやりの心も育って来るのでしょうね。
心なごむ話題の後で恐縮ですが私が今、どうしても腑に落ちない現象がございます。
(続)
最近、子供が遊んでいる姿を見ません。
子供は、親、兄弟、社会そして大自然に触れ豊かな精神を育んでいきます。
残念ながら日本は、利己主義(核家族化、成果主義、金至上主義)と
土木事業による環境破壊で大切なものを失ってしまいました。
私たちは、狭い人間社会の争いに目を奪われ、
大宇宙の神秘、畏怖、調和、愛が見えなくなっています。
大人は、子供とともに学ぶことが大切なのでしょう。
■科学研究:人間の本性は善良であり、子供たちはみな超能力者
http://jp.epochtimes.com/jp/2006/06/html/d97636.html