巨星墜つ!凛とした人生
巨星・横地治男先生、墜つ―
横地治男氏が死去 全日本柔道連盟顧問
横地 治男氏(よこち・はるお=全日本柔道連盟顧問、講道学舎会長)28日午前5時57分、不整脈のため東京都目黒区の病院で死去、95歳。島根県出身。葬儀・告別式は4月3日、東京都杉並区永福1の8の1、築地本願寺和田堀廟所で。喪主は妻良子(りょうこ)さん。76年、柔道の私塾、講道学舎を設立し、92年バルセロナ五輪金メダリストの古賀稔彦ら多くの五輪メダリストを輩出した。
今日は横地先生の葬儀に行って参りました。8年ほど前になりましょうか。取材で初めてお目にかかり、その器の大きさと言うか、人間性に感動を受けました。
東京オリンピックの時に、オランダのヘーシンク選手に日本柔道が敗れました。この時、横地先生は私財を投げ打って、中学生から高校生までの一貫した全寮制の柔道を教える私塾『講道学舎』を創立されました。
初めてインタビューさせて頂いた時に、オランダのヘーシンク選手に負けた時の決意を次のように語っておられました。
「これじゃいかん。わたしの心中には日本の精神を自分達が守っていかなければいかんという強い思いと、本家日本の柔道が落魄(らくはく)、そして日本人の心までがなくなってしまうことを恐れた」
横地先生は、当時から大きな会社を経営されていたが、巨額な私財を投入し、作家の井上靖先生や財界の重鎮・永野重雄元日商会頭、桜田武元日経連会長らと共に、この昭和の松下村塾と言える柔道私塾を創立したのです。
この講道学舎から育ったのがバルセロナ・オリンピック金メダリストの古賀稔彦選手と吉田秀彦選手でした。その後はシドニー・オリンピック金メダリストの滝本誠選手もこの講道学舎の出身ですし、私が最初の取材から度々ここにお邪魔するようになった頃、泉浩選手はまだ高校生でした。
ここで横地先生が定められた講道学舎の綱領を紹介しておきましょう。
�‘�本柔道育英学会・講道学舎の本義は、日本民族の優れた資質を呼び起こし、刻苦勉励し自ら立ち上がり、世界人類のために貢献しようとする国家有為の人材の育成にある
��講道学舎は日常起居を共にし、互いに切磋琢磨し柔道の修行を通してよき性よき質を培う人間形成の道場である
�3悵�は健全なる国家社会の形成者として、真理と正義を愛し、質実剛健をもって本務を全うし柔道の修行に邁進する
小学校を卒業した子供が親元を離れやってくる。平日は5時40分の起床。そのまま7時まで稽古を済ませ、朝食をとって学校に通う。ここの教えは柔道だけではない。
講道学舎においては「生活8割、技2割」という決まりがあります。精進・修行においては、柔道の技の重要性は2割に過ぎません。掃除や洗濯、勉強、礼儀、生活態度は勿論のこと、物事への取り組み全般を教えることが、後の人生にとって花が咲くと徹底的に十代から教え込むのです。
私は、何度かこの講道学舎の入学・卒業式を取材させて頂きました。横地理事長(当時)は90歳まで柔道を教えられていましたが、入学式における言葉は、戦前・戦中・戦後を生き抜いてこられた明治男の魅力に溢れるものでした。
「今日、諸君達の顔を見ると実にいい顔をしている。一日一回は必ずそういう顔をしなさい。そういう“凛”とした顔をしなさい!」
この「凛とした顔」というのは、横地先生の口癖でもありました。最近では余り使われなくなった言葉です。
昔の年賀状などには「寒気凛冽たる中、新しい年を迎えて…」などと書かれていました。寒さが厳しいという意味でもありますが、また身がきっちりと引き締まって凛々しい姿という意味でも使われています。
勇気凛々などという言葉もあります。勇ましい様を表現する時にも用いられます。この言葉の使い方がとても上手でした。
「そういう凛とした顔をしなさい。腹に力を入れまっすぐ前を見つめなさい。今日は諸君達は姿勢もいい。凛とした気持ちをもっている。今日の顔は非常に凛々しい。お父さん、お母さん、息子達のこういう顔を見てやってください」
「こういう顔をすれば良い男になれる。柔道は強いものもいれば弱いものもいる。講道学舎はこういう顔をした男をつくる。先ずはハートが良くなる。今日のような凛とした顔を忘れてはいけない。
勝負とは負ける時もあれば勝つときもある。負けた時には次に勝てばいい。諸君達が今日のようないい顔をしてくれれば何もいうことはない」
90歳を過ぎた明治の気骨溢れた人間が、中学生に優しく話しかけられていたのが、まるで昨日のことのように私の記憶の中で甦って来ました。偉大なる指導者に心からの弔意を奉げたいと思います。
合掌―
横地先生関連エントリーhttp://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/50676435.html
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Posted by the_radical_right at 17:41│
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教育・日本人精神
なぜ、儒教道徳精神と倫理観やそれに通ずる武士道の精神が必要なのか。それは、国家国民全体の利益を考えるうえで、私利私欲を捨て、日本民族のために全体の奉仕者となるためであると考える。
個々人の利益よりも全体の利益を考えることこそが、今の日本には必要なのではないか?
瀬戸様 皆様 おはようございます
西洋にもノブレスオブリージュというキリストの教えに基づく犠牲的精神があり、私はその思想を高く評価するものでありますが、その根底はあくまで自らの地位を維持するための私利私欲でありましょう。
私財を投げ打って人材育成に生涯を捧げられた横地先生に一切の私利私欲は感じられず、柔道の弱体化が単に競技としてのそれにとどまらず、日本人の精神的な屈服・弱体化に通じかねないことを憂い、青少年の健全な成長を通じて我が国の将来を開かんという壮大なビジョンがあったのではないでしょうか。
講道学舎の寮生が通う世田谷学園が、毎年多数の有名大学合格者をも輩出する文武両道に長けた高校であることも、首肯できるところではあります。
今後も横地先生の崇高な理想が脈々と受け継がれんことを願います。
合掌
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=193368
米国内でいろいろなひとにインタビュー
Q:対テロ戦争の一環として、次に攻撃すべき国はどこだと思いますか?
約25秒あたりから
A:「韓国」
Q:なぜ韓国なんですか?
A:奴等はトラブルの元だからだ。
Q:トラブルとはどんな?
A:連中の性格だ。
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=49029
朝鮮人の話を55分間
空投げの極意をを極めるこそ柔道の心理。相手の奇襲を自分の体にて吸収して融合し、決して相手に自我を飲み込まれない自分を持ち、そして相手の急所を針に糸を通すよう見抜き、自分の体にて相手の技を受け流す、そして滝流の如し自我を消し、相手を瞬時に投げ自我を磨き悟りを開く。これこそ柔道の心理なり。
最後に
故横地治男先生を始めとする、崇高な儒教道徳精神と倫理観の持ち主であり、武士道精神をお持ちの方々の生き様を侮辱するかのような、道徳精神のかけらもない政府与党が、道徳教育を推進するなど笑止千万!!
今、高級官僚の天下りについて喧々諤々の論議がなされているが、官僚側の意見に「我われの生活設計ができなくなる!!」などといったものや、官僚をかばう議員の声があるなど、私利私欲しか考えない者どもが国家の生計を考えることなどできるわけがないのではないだろうか?
このような、道徳心と倫理観のかけらもない政府役人と安倍内閣では、道徳心の向上を唱える教育改革など期待できるわけがない。実際、道徳教育を評価するなど、損得で考える道徳心を推進するとは馬鹿馬鹿しい愚かでしかない。
横地治男先生に弔意を捧げます。合掌。
第20条――高い教養を身につけ、指導的な地位に就くことのできる有能で勤勉な日本人には、国家が我が民族の教育活動全般において基盤を整備する。全ての教育機関の学習計画は実生活に即していることが求められる。国家思想の理解はすでに学校の公民教育を通じて理解が始まらなくてはならない。精神的な教育は、特に貧困な両親を持つ才能ある子弟に対しては、その地位や職業にかかわらず国家の費用で教育が行われることを要求する。
第21条――国家は民族の健全を維持するために、母子の保護に配慮し、少年労働を禁止し、体操とスポーツを義務として定めることによる肉体鍛錬を奨励し、青少年の肉体の成長を扱う機関を援助することを要求する。
第14条――大企業の利益の分配を要求する。
第15条――高齢者など社会経済的弱者に有利な扶助制度の整備を要求する。
第16条――健全な中産階級の育成。
第17条――全体の利益に供するため投機(不動産・金融資産)の制限を要求する。
第18条――全体の利益を害する活動に対する容赦ない闘争を要求する。
武士道精神を、経済政策や社会政策・施策などに生かすとはどういうことかというと、経済武士道によって、全体の利益を考えるということです。つまりは、個々人の利益追求を武士道の精神によって抑えることで、デフレ不況への処方箋としてはどうだろうか?
国家社会主義ドイツ労働者党――25カ条綱領――
第7条――国家は国民の生計について第一に考えることを要求する。国家の全成員を養うことが不可能であれば、外国籍の者(日本国民でない者)は退去させられる。
第10条――全国民の第一の義務は精神的にも肉体的にも新たなものを創ることとする。各人の活動は全体の利益にならぬものを排除すべく、全体の利益に供するものに全努力を捧げねばならない。
瀬戸さん、みなさんこんばんわ。
横地治男先生というすばらしい偉人がおられたからこそ、日本民族の衰退という憂うべき事態を、肉体的・精神的に支えられたからこそ、今も世界に冠たる日本民族が健在なのだと思います。
私は、武道は得意ではないですが(高校の時少しだけやってました)その精神的美学において道徳心・倫理観を醸成させ、肉体的美学へと昇華せる過程を知ることができ感無量です。
その、儒教道徳精神における武士道精神を、経済政策やその他の社会政策・施策などに生かせるように、我われは邁進せねばならんのではないのだろうかと日々思う今日この頃です。
私は瀬戸さんの「日本人よ団結せよ」のお言葉に感銘を受けた日本人として、瀬戸さんの指導する運動体を支持します。
再投稿失礼します。
瀬戸様のブログにはいつも驚かさせることばかりです。講道学舎の綱領と瀬戸様の考えは近いものがあるのでしょう。また、故横地先生の人生観にも同じように近いものがあるのではないでしょうか。前にも書きましたが、極右が何かはわかりません。瀬戸様そのものが極右であると思っています。
瀬戸様の人柄も知らずに悪口ばかり書いているブログもありますが、瀬戸様はすばらしい若者を身近に見てこられているわけでしょうから、そのような悪口などは気になさらないのでしょう。今回そのことが良くわかったような気がしました。
瀬戸様、皆様こんばんは。
二回目の投稿となります。いつもブログを読ませて頂いております。シングルマザーで男の子を育てております。父がいないものですから、将来学校でいじめられはしないかとか。不良になって非行に走らないかとか。いろんなことを考えて不安になる毎日でしたが、お友達のお母さんから、小さい時から武道を習わせたらいいよと言われて、現在空手を習っております。私も一緒にやって、とても楽しい稽古をさせて頂いています。
今回初めて凛という顔という言葉を知りましたが、空手をやっている男の子たちも、そのような凛とした顔です。武道には共通するものなのでしょうか。
ヘーシングを投げた日本人、山舗9段(故人)も本当に尊敬できる立派な方でした。時期がずれていなければ、オリンピックで金メダルをとられたと思います。こういう日本の誇りたる人たちのことは、子供達の前でもっと語り継いでいかねばなりません。
各位 コメントを有り難う御座いました。
私も講道学舎には何度も赴いたものですが、今時の中高生には見られない凛とした素顔がそこにはありましたね。
記事中にある横地学長の「いい顔」について補足しますが、いい顔とは言うまでもなくハンサムであるとかイケメンであるという意味ではありません。憑物一つ無く、晴れ晴れしい端正な顔立ちのことを述べております。
見ている側も清らかになるような、そんな顔が出来ると良いですね。また、そのような人間を創らねばなりません。
人と人の繋がりが希薄になり、それぞれが「個」の殻に閉じこもりがちな平成の世にあって、旧き良き日本を見た気がしたものです。
素晴らしき集団生活の場を設け、幾多もの人材を輩出し、日本柔道界の功労者に弔意を捧げます。
有り難う御座いました。
(承前)
小生、日本にも未だこうした至誠の赤心を抱く、心ある企業家がいることを信じております。例えばチャンネル桜の社長、水島総氏。
保守系CSチャンネルであるチャンネル桜は、業績悪化のため放送時間帯を大幅に短縮しての再出発となりました。しかし水島社長は、苦しい資金繰りにも関わらず、支那の画策に拠って日本の名誉が穢され続けていることに対抗せんと、所謂、南京事件についての反証映画『南京の真実』を鋭意計画中と伝え聞いております。この映画が完成の日の目を見て、支那の虚構に満ちたプロパガンダに痛打を与えることを、小生も願って止みません。
幾多の困難を物ともせず草莽崛起の理念に違うことなく奮闘なさる水島社長には、ただただ頭の下がる想いです。
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。
一昔前の成功した企業家と云うのは、人間的魅力に富んだ度量の大きな人物が多かったように感じます。仮令、別の職業を選んでいたにしても頭角を現し、一廉の者になった方々でありましょう。私利私欲に汲々とせず、利の為に行動するのではなく、信念を以って行動した結果によって利が自然とついて来た。そうして得た富を己の道楽に費やす者もおりましょうが、松下幸之助翁のように社会奉仕のために身銭を切って貢献する人物も少なくありませんでした。
此度逝去なさった横地治男先生も、東京五輪に於ける国技柔道の不振を憂慮され、講道学舎を設立されたとか。お話を伺うと公平無私なお人柄が偲ばれます。誰とは申しませんが、マネーゲームに血道を上げるどこぞの俄か成金どもには、到底真似の出来る話ではありません。
(続)
こんばんは。
今日、日本で使われている言葉の多くは汚い言葉じゃないかと思います。
凛と言う言葉が辞書に載らなくなったらと思うと背筋に寒気がしました。
高校の授業では柔道をやりましたが身を清められた様な気分になります。
以前、講道館で行われる全国小学生柔道大会を目指す全国各地の子どもと周囲の人々のドキュメンタリー番組を見たことがあります。
祖父と二人で練習を頑張る子供、先生や周囲の子ども達に支えられて頑張る者、それぞれの切磋琢磨の様子に感動しました。
小さな体に凛とした清冽な精神を感じさせる子がいましたね。
こんな澄んだ目の子どもがいるとはすごい!、日本の柔道界はすごいと喜び、
どうやったらこんなに素晴らしい子どもが出来るのかしらと気になってました。
立派な指導者の方が講道学舎にいらしたのですね。
今日のエントリーを読んで、横地先生有難うございましたという気持ちでいっぱいになりました。