2006年10月24日

「天皇(制)ファシズム論」に反駁し思想戦に勝利せん!

「天皇(制)ファシズム論」に反駁す!

 最終バトルへ突入! 「ファシズム」について

 怒る小市民さんとsayoku?さんの思想バトルのコメント数が130を超えましたので、新たにその「第2弾!」を立ち上げました。この第2弾ではこの問題に決着をつけたいと思います。よって私もこの論争に加わります。

 また、コメントを入れられた方も引き続き参加をして下さい。この思想戦を重視しております。歴史認識、天皇、憲法論議を含むもので、いずれにしろ明確にすべきと思いました。

 皆さんの参加も大歓迎です。なお、これまで怒る小市民さんには一人で頑張って頂き、ご負担をお掛けして申し訳なく思います。引き続きお願いします。

 sayoku?さんの天皇とファシズムを結び付ける論法は、これはどう見ても左翼論法であり、ご本人が左翼ではないと言われても、それはこの政治思想の世界では通用することではありません。ここはご本人の意思はそうではないかも知れませんが、徹底的に反駁させて頂くことになります。

 先ず、論争に入る前にあまりにも長過ぎた論争を怒る小市民さんが簡潔にまとめてくれたので、先ずはそれをご紹介することにしましょう。

 ここまでやり取りが錯綜してくると、小生と君は兎も角、もしや論戦をご覧になっている他のユーザーの方々には、何について論戦をしておるのか把握しづらいと思う。ここで論点を大まかに整理したい。
 君は、嘗て日本が軍によるファシズム体制によって掌握され、国民を戦争へ誘導するための求心力として皇室の権威が利用されたが故に、再び同じ過ちを繰り返さぬよう天皇家を国の定める枠組みより除外せよと云う。そして今上陛下を含む皇族の方々を一介の国民として扱い、それでも猶、皇室に篤い崇敬の念を抱く者あらば、有志らによって宗教法人なりを立ち上げて存続させよ、と云う主張だ。
 一方、小生は戦前の日本の体制をファシズムと放言して憚らぬ君の主張に疑義を抱き、戦前に於いても選挙が行なわれ議会が開かれていた例を挙げ、現代よりは制限があったものの一定の民主主義は維持されていたと反論した。天皇陛下の戦争責任については、陛下御自らの御意思に反して遂行されたにも関わらず、単に名目上の君主あり、況や臣下への監督責任もなき先帝陛下に、左傾化した倫理基準を強引に当て嵌め責任追及する君の論は、明らかに偏向しており全く間違っているとの立場だ。
小生の反駁に対し君は、ならばファシズムへの共通の認識を土台をして、それを元に戦時下の体勢を論ずべしとして迫り、これをいかに規定するかがイシューとして浮上した。ここまでは相違ないかね?

 さて、何故にsayoku?さんが天皇(制)とファシズムをここで持ち出してきたか―です。このファシズムは戦後の日本においては、政敵に浴びせられる悪罵の言葉として用いられてきました。中核派と革マル派は互いに相手をファシストと罵り殺し合いまでしてきました。
 
 そのファシズムを天皇と結び付け、尚且つ「皇室の宗教法人化と憲法における規定の削除」(sayoku?さん)を主張するようでは、これは明らかに我々の思想に対する重大なる挑戦と思わないわけにはいきません。

 ファシズムとは本来はそのような悪罵の代用語ではなく、共産主義に対抗する国家社会主義イデオロギーの運動を表す言葉です。イタリアのムッソリーニによって唱えられ、彼は大衆運動を組織して、イタリアを分裂と共産主義者の魔手から救いました。

 戦後いち早くイタリア社会運動として再出発して、後に国民同盟と名を改め、つい最近までは政権に参画していたほどです。つまり、ファシズムとはそのような政治運動であり、全く否定され生存権を失ったものではありません。
 
 ちなみにイタリアにおいては、マルクス主義を掲げ西側では最強であった伊共産党は消滅しました。しかし、その一方でファシズムの系譜はしっかりと受け継がれてきたのです。このこと一つとってもファシズム=悪という概念は間違いであるということになるでしょう。

 ファシズムと並び称されるものにドイツのヒトラーが唱えたナチズムがあります。このドイツとイタリア、日本は戦前は三国同盟を締結して枢軸国と呼ばれ、米英と戦いました。
 
 これをもって枢軸国の日本にもファシズムがあったと断定しているようですが、これは大きな誤りです。ファシズムとは下からの大衆運動であり、選挙や大衆運動で左翼勢力と戦いながら政権を獲得した、その政治形態、闘争形態を指すものであって、日本にはそのような運動は存在しなかったのです。

 正確に言うなら存在はしたが、そのような大衆運動を組織することが出来なかった。極めて少数ながら存在はしたが、大きな政治的影響を与えることが出来なかったということです。
 
 もし、日本に政治権力を確立したファシズムが存在したというなら、具体的に提示して頂かないと論争になりません。このように書けば、おそらく「日本軍国主義はファシズム」との主張を展開するかも知れません。

 しかし、それは大衆運動とは全く関係のないもので、それをファシズムとは呼べないことは今や常識です。それを持ち出すのであれば、幾らでも反論致しますが、それこそ、それは日本共産党の主張と同じです。貴殿を日本共産党のシンパと断じないわけにはいきません。

 とりあえず本日はファシズム論についてだけ述べておきます。明日は、憲法から天皇の規定を削除するという、その全くもって愚にもつかない論説を完膚なきまでに粉砕する事にします。

 世界の多くの国はその国の憲法を持っています。しかし、その第一条から天皇がくる国は日本くらいなものです。多くの国は領土や国民主権を一番に持ってきます。

 では、それだけ日本は世界で奇異なる国家なのでしょうか?
 「象徴天皇」とは何か―、それは日本の国家・国民とどのように不可分な関係にあるのかを説明することにします。

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Posted by the_radical_right at 18:43│ mixiチェック │自然の再生と共存(御皇室) 
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天皇制ファシズム論の正体【大東亜戦争の真実を伝えたい何でもそろう便利屋です】at 2006年10月24日 23:07
この記事へのコメント
↑お下品な論ですこと。陛下を侮辱するとは許せないです。
Posted by 読者 at 2006年10月30日 16:10
>>この方式では、北朝鮮はファシズムとなるでしょう
北朝鮮において民族主義と軍国主義が結びついているのかが問題になるでしょうね。軍事的恐怖政治の側面が強ければ民族主義と結びついているのかを検証する必要があります。私は懐疑的です。

(1)たとえば信教について強制させたこと、これは民族主義の表れだと思いますね。日本語教育は植民地として支配するのに必要との意味も含まれると考えます。
(2)形式上は天皇、実際は操っていた軍部でしょう。独裁とは個人によるものとは限りませんから。
(3)軍国主義とは国力を軍事力に集中させるものです。どこまでを戦時体制として認めるかは個人によって違うでしょうね。私は思想の統制や民主政治の崩壊をもって軍国主義とみなします。
Posted by sayoku? at 2006年10月29日 04:48
>とおるさん
(1)民族主義が軍国主義の維持に利用された、とでもいいましょうか。
(2)軍国主義のみによる独裁も考えられるでしょう。
(3)軍国主義的な側面が必要でしょうね。
もう一度も申し上げますが、この言葉を絶対的な定義において議論するのは不可能です。その側面においてそれぞれが判断するしかないと考えます。私の意見も一つの見方でしかありません。
もしファシズムの定義を明確にしたいのであれば、とおるさんの定義を伺いたいと思います。

Posted by sayoku? at 2006年10月29日 04:48
sayoku?様
>広辞苑(第五版)によれば『広義にはイタリアファシスト党の政治的理念・体制などと共通の本質をもつ傾向・運動・支配体制。

瀬戸様は、「運動」に重きを置き、sayoku?様は、「軍国主義、独裁」に重きを置いているように思えます。
Posted by とおる at 2006年10月27日 17:19
sayoku?様
ファシズム = 民族主義 + (権威主義 または 軍国主義)
      = 民族主義 + 独裁

この方式では、北朝鮮はファシズムとなるでしょう。

戦争前と戦争中に、
(1)朝鮮・台湾・太平洋の諸島に対する扱いは、日本の民族主義の表れでしょうか?
(2)誰が独裁していたのでしょうか?
(3)軍国主義と言うよりは、戦時体制ではないでしょうか?
Posted by とおる at 2006年10月27日 17:18
sayoku?様
また、厳密さを指摘したのは、次の点です。
(1)「民族主義と権威主義あるいは軍国主義が結合」で使われている「結合」の意味合いです。民族主義と軍国主義が在ればファシズム?(私が式で記述したのは、結合は、どんな形態であれ、両方有ればよいとしています)
(2)sayoku?様の意見では、「独裁の一形態」としていますが、「他の形態」は?
(3)「ナショナリズムを利用することで民主政治の過程を踏んで生まれる”全て”の独裁」をファシズム?(私が式で記述したのは、「全ての独裁」の形態を示しています)
Posted by とおる at 2006年10月27日 17:18
sayoku?様
>(ウィキより)ファシズム体制は思想的には民族主義と権威主義あるいは軍国主義が結合したものである。
>(sayoku?の意見)ファシズムとはナショナリズムを利用することで民主政治の過程を踏んで生まれる独裁の一形態であると考えています。

この文章を次のように表現してみます。
ファシズム = 民族主義 + (権威主義 または 軍国主義)
      = 民族主義 + 独裁
なお、記号は定義していませんが、おそらく理解してもらえると思います。
Posted by とおる at 2006年10月27日 17:17
>sayoku?氏
ご意見承った。
論戦にて率直な物言いをすれば不快な想いは往々にしてあること。お互い様ゆえ、気になさることでもあるまいて。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月26日 19:40
>とおるさん
政治形態に関する用語であり、いまだ定義が定まらない点から見ても、ファシズムを規定するためにはその側面を捉えていくしかありません。もし定義できるのならご教授下さい。

>あきらさん
私に対するご意見だったのですね、失礼しました。岩波の定義が偏っているというのは伺っています。それでもなぜこの定義を取り上げたのかは以前にご説明したとおりです。
Posted by sayoku? at 2006年10月26日 12:34
先に次のエントリーを見ておりました、申し訳ない。
>怒る小市民さん
怒る小市民さんの定義を否定するつもりは毛頭ありませんし、『sayoku?的ファシズムでは皇室制度と繋がるんだなぁ』くらいに思っていただければ十分です。私もご意見は理解しました。残念がらないで下さい。
あと瀬戸弘幸さんへのコメントにも書きましたが、ファシズム=完全悪というような思い込みは持っていないつもりです。考えすぎですよ。
以後も議論は続くと思いますが、とりあえずここまで私の稚拙な議論にお付き合いいただきましてありがとうございました。ご不快な思いをさせるような表現がいくつかあったことをお詫びいたします。また今後ともよろしくお願いいたします。

Posted by sayoku? at 2006年10月26日 12:33
中凶繊滅さん
できます。手近な書物として、文春文庫の『きけ わだつみの声の戦後史』があります。著者は保阪正康だったかと思います。また単行本でも改竄前の「きけ わだつみの声」が出版されておりますが、詳細はわかりません。本屋で今一度見てきます。
Posted by あきら at 2006年10月26日 01:56
>あきらさん

岩波はあの戦没学生の手記『きけわだつみの声』を出版したのはご存知かと思いますが、これの編纂が強力な共産党の指揮下に行われ、戦没学生の大半は国の為、天皇の為に命を投げ出した事実を容赦なく隠蔽削除したんです。

 このことを詳しくご教示願えませんか、小生初耳でしたので。また隠蔽削除されなかった原文を読むことは可能でしょうか?



Posted by 中凶殲滅 at 2006年10月26日 01:32
→終戦の詔勅の最後に「今後帝国の受ける苦難は大変なものがあるだろう。しかしお前達は堅く神州の不滅を信じて、道義を篤くし、思想を堅くして、世界の発展に遅れをとらぬよう国家再建に勤めよ。私の気持ちを肝に命ぜよ」と励まされたんです。ま、原文はネットで調べてみてください。難解なので敢えて口語体にしておきました。
Posted by あきら at 2006年10月25日 22:36
→あなたは信じないかもしれませんが、満州事変の年に生を受け、南京陥落の年から初等教育を受けた世代は悉く、学業を修めたる暁には軍人となり国のみ盾として奉公するのは当然だと考えていたんです。この気概を以て平和祖国再建に邁進したのが戦後十年の歩みだと感じています。あなたは皇室を宗教法人化したら良いとか申されてますが、太陽が西から昇ることを望むに等しい暴論と言わざるをえませんね。→
Posted by あきら at 2006年10月25日 22:24
sayoku?さん
ご返事がないですね。私はあなたに共感出来る面もあるんです。しかし討論がないと話は進みません。先に書いたように広辞苑の記述は極めて一面的であると指摘しました。岩波はあの戦没学生の手記『きけわだつみの声』を出版したのはご存知かと思いますが、これの編纂が強力な共産党の指揮下に行われ、戦没学生の大半は国の為、天皇の為に命を投げ出した事実を容赦なく隠蔽削除したんです。→
Posted by あきら at 2006年10月25日 22:10
お互いのファシズムの定義が違うなら、ファシズムという言葉を使って論争する事は無意味です。
定義が異なりますので、お互い違った定義内容で、お互いが論理を進めても、他方の論理とは噛み合いません。
sayoku?氏は、極右評論の場で論争するなら、ファシズムという言葉を用いて論争するのを避けた方が論争しやすくなります。

>>>>(ウィキより)ファシズム体制は思想的には民族主義と権威主義あるいは軍国主義が結合したものである。
>>(sayoku?の意見)ファシズムとはナショナリズムを利用することで民主政治の過程を踏んで生まれる独裁の一形態であると考えています。

「sayoku?的ファシズム」は、これでは厳密に定義出来ているとは思われません。
「結合」とか「一形態」では、いろいろな結合や形態があり、定義不足だと思われます。
Posted by とおる at 2006年10月25日 20:58
ファシズムとナチズムは違うようです。簡単に言えば、ナチスが最強、ファシズムは二の次です。
Posted by datetopic at 2006年10月25日 20:21
こんばんは。戦前の日本がファシズム体制だったとは考えません。尚、広辞苑のファシズム記述は極めて一面的であり、岩波の思想が丸見えであることに留意すべきです。ファシズムは共産主義革命に対する反革命的性格を強く持っていたことに一言も触れておりませんね。我が国の共産主義弾圧がファシズムだとして主に戦後吹聴されたものだと思われます。もっとも戦前にも河合の「ファシズム研究」などあったのは承知してはいます。
Posted by あきら at 2006年10月25日 19:30
(承前)
以前のレスでも幾つかファシズムに非ずとする理由を挙げたが、付け加えるなら瀬戸さんが指摘しているように、ァシズムとは、政敵を貶めるための多分にネガティブなニュアンスを包含した言葉であることだ。
紛うかたなく極左団体であるところの中核派と革マルが、互いを非難する際の最大級の悪罵がファシズム。極左なのにファシズム?。皮肉を感じるだろう?(笑)。
蓋し、君の意図するところが戦時下体制の全否定であり、更には、此度の論戦に於いて主導権を握り優位に進めるためと読んだが、下種の勘繰りであろうか?(笑)。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月25日 19:22
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。

>sayoku?氏

別に小生は君の内心の自由を侵すつもりはないよ。それが民主主義と云う政治体制だしね。だから、君がいかなファシズムの定義を開陳なされたとて、「一つの意見として伺おう」と云うだけの話。しかし、民主主義には前提がある、それは、「他者の内心の自由を侵さぬ限り」と云う但し書きがね。
見解の違いを議論することは意義があることだし大いに結構。それと、小生には君を論破する肚もない。けれど君は、今回の議論に当たり、「戦前の日本をファシズムと云う前提で語るべし」と再三に亘り主張した。その前提を呑めば、つまりは小生が、戦時下の体制をファシズムと認めたことになる。くどいほどに繰り返しておるのだが、その論には与しないとお断り申し上げている。わかってもらえず残念だ。
(続)
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月25日 19:20
sayoku? 殿

他のブログで『極右評論からきたsayoku?』と名乗るのはいかがなことか?
理由をお聞かせ願いたい。
Posted by カルト撲滅委員会 調査部 at 2006年10月25日 18:36
sayoku?さんへ
貴方の本意ではないとしたら、受け流して下さい。天皇とファシズムという歴史的な側面にしか興味がなければ、それは一向に構いません。
ただ、現代社会におけるファシズムに興味があるなら、まだ話は展開するでしょう。私は歴史的なファシズムには一切興味を持ちません。何せ、私の生まれる前の話ですから、興味はあっても研究する意味が薄れてきたと言うのが正直かも知れませんね。
私は現代にファシズムが現われるとしたら、その目的ばかりを問題にされますが、(この目的とは政治支配や独裁という意味です。)そうではなく、基本的にそれが起きる社会的動機や心理的動機に関心を持たれるべきと思います。
インターネットは新しい大衆結合の場でもあります。貴方がそのような観点からファシズムを見ているのであれば、貴方との接点は今後も続くでしょう。
Posted by 瀬戸弘幸 at 2006年10月25日 18:16
sayoku?さんへ
広辞苑やウィキに書かれたファシズムの定義については分かります。どのように分かるかと言われれば、そのような見解があるということだけで、また別な見解もあっても良いでしょう。ただ、別にその広辞苑やウィキに書かれたものを否定するものではありません。
私がここで主張するのは、そのようなファシズムと呼べるような運動は日本では起きなかった。その事実の一点のみです。なぜ起きなかったか(成功しなかったかは)、それは天皇という存在と大きく関わるものです。
だから、天皇とファシズムは結びつかない、と申し上げたのです。
よって、何をもってファシズムと天皇が結びついたのか、それをご提示いただくことが、次の論争へのステップとなるでしょう。
Posted by 瀬戸弘幸 at 2006年10月25日 18:05
>>>>(ウィキより)ファシズム体制は思想的には民族主義と権威主義あるいは軍国主義が結合したものである。
>>(sayoku?の意見)ファシズムとはナショナリズムを利用することで民主政治の過程を踏んで生まれる独裁の一形態であると考えています。

以上が私の定義するファシズムであり、この定義自体に関するご意見については参考にはさせていただきますが、反論はいたしません。よろしくお願いいたします。

Posted by sayoku? at 2006年10月25日 17:49
>>>>(ウィキより)しかしながら、多くの論者に共有されているひとつの見解として、ファシズムは、一国内において、討議にもとづく民主政治を排除し、同質的・均質的な社会を構築することを目的としたイデオロギーであるという点が挙げられる。その他の特徴としては、人種や民族を個人より上位にあるものとして賞揚し、象徴化する点(国民主義、民族主義)や政治的な反対勢力に対してはプロパガンダや検閲、また暴力といった非合法的な手段を用いた攻撃や抑圧などがある。
>>(sayoku?の意見)以前に指摘したように、形骸化し多数の民意の集約ができなくなった議会や選挙などは民主政治とは呼べません。それからファシズムに多数の民意が介在するのは当然で、そうでなければ単なる軍国主義と同じです。
Posted by sayoku? at 2006年10月25日 17:48
それでも、私の考えるファシズムの定義を踏まえたとしても皇室制度とファシズムが結びつかないと考えるのであればどうぞ論破いただきたい。

>>広辞苑(第五版)によれば『広義にはイタリアファシスト党の政治的理念・体制などと共通の本質をもつ傾向・運動・支配体制。(省略)全体主義的あるいは権威主義的で、議会政治の否認、一党独裁、市民的・政治的自由の極度の抑圧、対外的には侵略政策をとることを特色とし、合理的な思想体系を持たず、もっぱら感情に訴えて国粋的思想を宣伝する。』とあります。よろしければ確認してください。省略の部分には具体的事例として第一次世界大戦後の日本も挙げられていますが、そこを認めてしまうと議論にならなくなりますからおいておきましょう。
Posted by sayoku? at 2006年10月25日 17:47
ついに管理人さんからご意見を頂きましたか。

いままでの怒る小市民さんとの議論においては、ファシズムとは何であるかの定義について共通の前提をもたずに、具体的事象の解釈について論じてきました。そこでファシズムの定義について同じ前提を共有できないかとのご提案をしましたが、結局それはかないませんでした。(これはお互いに同意したことです)
私が使うところのファシズムは以前のコメントで述べたように、広辞苑とウィキによって定義されたものを前提としています。なぜなら真偽はどうであれ、言葉というものは一般に使われている意味において有用性を持つものであり、これらの辞書が一定の社会的な地位を持っていると考えたからです。だからといってそのほかの解釈や定義を否定するものではなく、怒る小市民さんや瀬戸弘幸さんが考えるファシズムの定義を否定するつもりもありません。
Posted by sayoku? at 2006年10月25日 17:46
>>もしあの時代、天皇という存在がなくしても戦争突入は仕方なかったことだと思えます。<<
賛成です。ドイツがヒットラー政権になったのは圧倒的なドイツ国民の支持があったからで、第一次世界大戦での敗戦で非常に不利な状況におかれストレスがたまっていたドイツ国民が、ヒットラーに一条の光明を見出した結果でしょう。別に天皇制でなくても戦争は起こっていたし、敗戦後に日本が滅びなかったのは、逆に天皇制があったからだと考えます。戦後初の総理大臣は皇族のおひとりが就任されたことを鑑みても分かることです。
全般的にサヨクの論理は、低レベルである。上部左翼構造に位置する理論派左翼はとっくの昔に口をつぐんだ。そろそろ中部構造以下の非論理派左翼の方々も真剣に国のことを考えて、非論理的なゲリラ言論活動をやめたらどうだろうか。袋叩きにあって勝利宣言して逃げるのは恥だと思ったらの話ですが・・・。
Posted by ナルト at 2006年10月25日 17:15
>>もしあの時代、天皇という存在がなくしても戦争突入は仕方なかったことだと思えます。<<

天皇が存在して無い=日本はとっくに滅びてたのでは?

地球という存在がなくしても...同じように聞こえる。

天皇の存在なくして日本の歴史は無いと思います。
Posted by ひぃちゃん at 2006年10月25日 14:01
私は、二昔くらいの教科書で習いましたが、上記のような教科書で習い、自分で知る努力をしない人には、天皇反対論者が出るように教科書を作ってあるのかもしれません。
Posted by とおる at 2006年10月25日 13:53
『井沢式「日本史入門」講座�]造肇吋�レの巻』の216ページからの抜粋:
山川出版社の「高校日本史」に次のように書いて有ります。
【604年に聖徳太子は憲法17条を制定し、豪族たちに、国家の役人として政務にあたるうえでの心構えを説くとともに、仏教をうやまうこと、国家の中心としての天皇に服従することを強調した。】

これに対して、井沢氏は、次のように述べています:
憲法17条を書いた聖徳太子の一番言いたい事は、1条と最後の17条(重大な事は一人で決定してはならない。必ず多くの人とともに議論すべきである。…)で、教科書に書いてあるような憲法17条の途中に書いてあるものでは無い。
Posted by とおる at 2006年10月25日 13:49
井沢式「日本史入門」講座�]造肇吋�レの巻
(井沢元彦 著、http://www.amazon.co.jp/gp/product/4198622310)
の220ページに聖徳太子の憲法17条の第一条の現代語訳より:
お互いの心が和らいで協力する事が貴いのであって、むやみに反抗する事のないようにせよ。それが根本的態度でなければならぬ。ところが人にはそれぞれ党派心があり、大局を見通している者は少ない。だから主君や父に従わず、あるいは近隣の人々と争いを起こすようになる。しかしながら、人々が上も下も和らぎ睦まじく話し合いが出来るならば、事柄はおのずから道理にかない、何事も成し遂げられない事は無い。
Posted by とおる at 2006年10月25日 13:36
(http://blog.goo.ne.jp/ablgoo347/e/2d255f66ad9bfb11c3e03f78940b0031)
↑コレで大体の政治思想が解ります。
例(皇民党→ナチス・政治右派・経済左派・全ての日本国民の救済を願う)
例(創価学会→ファシズム・政治右派・経済右派・創価学会の一極支配を目指す)
Posted by datetopic at 2006年10月25日 07:40
↑
ファシズムとナチズムが違う理由
Posted by datetopic at 2006年10月25日 07:35
ヒトラーの掲げたナチズムはファシズムとも国粋主義とも異色を放ちます。 ナチズムは国粋主義の内分としての民族自決および宗教による統率を極限にまで高めることを意図としました。 つまり社会的尺度において国粋主義やファシズム以上にベクトルを高めたのです。 しかし経済政策においてはファシズムと違い、自国民族への平等性と経済の安定性を重視したため、経済的尺度においては社民主義を実施しました。 故にナチズムは経済的に平均的な国粋主義よりもやや左(計画経済)による形になり、ファシズムとは違い社会的に右に進むことはできたが経済的に左によったのです。(http://blog.goo.ne.jp/ablgoo347)
Posted by datetopic at 2006年10月25日 07:35
瀬戸先生、皆様おはようございます。
憂国者様、大丈夫ですか?気温の変化が激しいのでお体にはお気を付けて下さい。
天皇をファシズムと言うのは何かの間違いではないですか?
現時点での天皇家の権力は全くありません。
私は天皇家にも参政権はあるべきと考えてますが・・・
昭和天皇は戦争を支持してもないし、好んで戦争を許可したわけでもない。
ではなぜ?
やむおえなかったんです。
Posted by 司令長官 at 2006年10月25日 06:51
体調を崩して休んでいました。コメントも書き込み出来ませんでした。

さて、大東亜戦争についてスレッド違いを承知で書き込み致します。
大東亜戦争はアメリカの挑発よりもソ連のコミンテルンの工作と工作員の暗躍の結果です。
コミンテルンはアメリカのニューディーラーのなかにコミンテルン工作員を多数入り込ませていたことは資料で判明しています。

Posted by 憂国者 at 2006年10月25日 06:38
さっそく、カルトバンクがぶち上げましたな・・・
朝鮮人企業カルトバンクをのさばらせてはならない。>

憂国防人 様
カルトバンクとは福岡に球団を所有する企業を指しておりますか?
もしも、そうであるなら大きな間違いです。日本の為に戦っています。
カルト連合の意にならないので戦っていた方です。
孫悟空氏の功績は大きいです。
くれぐれもお間違いの無いように。

失礼しました。
Posted by 真実を伝えます。 at 2006年10月25日 05:23
>>もしあの時代、天皇という存在がなくしても戦争突入は仕方なかったことだと思えます。<<

ここ(↑)は大東亜戦争の戦争責任は日本にあるが前提なのでは?

それとも負けたから結果責任で日本が惡いと?
なら… 勝つてゐれば日本は正しく、先帝陛下は稀代の名君になる?

そもそも戰爭挑發したアメリカの卑劣を論ぜず…
國家の命運を賭けて開戰の決斷をした日本の指導者をけなすのは不可解。

比較の對稱として…
必ず勝てる、負ける筈のないイラク戰爭の開戰をした現ブッシュが立派か?
全然立派ぢやない… といふか話にもならない。
(私は小泉總理のイラク戰爭支持は仕方なかつた思ふが)
Posted by 耶蘇 at 2006年10月25日 02:57
ここまで色々な議論拝見させてもらいました。勉強させて頂きありがとうございます。
稚拙かも知れませんがここまで読ませていただいたうえでの私の考えを一つだけ述べさせてもらいます。
昭和という時代において天皇陛下の最大の功績はあの時点において終戦を宣言された事ではないのでしょうか?
もしあの時代、天皇という存在がなくしても戦争突入は仕方なかったことだと思えます。
しかし軍部主導のあの時代において終戦を迎えるには天皇陛下のお言葉を無くしては不可能だったのではないかと思います。
陛下が居なければきっと軍部は徹底交戦の道をたどり国民の被害はさらに増大していたのでは無いでしょうか?
そういった意味でも私は日本に天皇陛下が居たことを誇りたいと思っています。
Posted by 沙 at 2006年10月25日 01:05
共産主義=ロシア系ユダヤ人がロシアでの権力闘争で革命を誘発し確立するために創られたシステム[思想]ソ連崩壊後に明らかにされた。
Posted by 言葉の意味 at 2006年10月24日 23:54
ファシズム=行為[活動]のこと。思想や主義ではない×
Posted by 言葉の意味 at 2006年10月24日 23:41
『日本には日本人の歴史と選択できる未来がある』
外国人から診れば羨ましいそうです。世界で多くの国や王室が滅びる歴史で、2700年余に渡り多くの内乱と戦争を乗り越え、国の象徴である天皇を守り続けてきた事実は民族として最も誇れる財産です。天皇の存在が日本に永い歴史をもたらしたのは言うまでもありません。論ずる事は素晴しいと思いますが、天皇を否定することは日本の歴史全てを否定することになると思います。まさしく天に唾を吐く行為に等しいかと。視野を広げれば誰でもわかることです。
Posted by 匿名1 at 2006年10月24日 23:34
負けたから日本が惡い(敵は正しい)といふことなら…
勝つてれば日本は正しい(敵が惡い)といふことになる。

かういふ「正邪善惡」の論理なのか?
Posted by 耶蘇 at 2006年10月24日 23:32
 我が国の1940年戦時体制を象徴する大政翼賛会はソ連共産党を模倣した上からの国内革新であり、近衛新体制運動の推進者は、近衛文麿の周辺に群集していた朝日新聞出身のソ連のスパイ尾崎秀実ら共産主義者でありました。

 したがって大政翼賛会の成立をもって日本の1940年戦時体制を「ファシズム」として断罪する者は、尾崎秀実ら共産主義者を「ファシスト」として断罪し且つマルクス・レーニン主義を「ファシズム」として断罪し、ファシズムから日本の立憲議会制デモクラシー君主制を助け出した救国の英雄として、近衛新体制の実現を阻止した昭和天皇と帝国憲法を称賛しなければならないはずです。

 上の事実が一般国民に知れ渡れば、日本の左翼勢力が日本の大東亜戦争と日本の1940年戦時体制を断罪すればするほど、彼ら自身が断罪され、否定され、過去の反省と歴史の教訓として日本における生存権を奪われることになるでしょう。


Posted by 東亜連盟戦史研究所所長 at 2006年10月24日 22:58
左翼がよく言いますが、天皇が悪いだの軍部が悪いだの言って結局どっちが責任をとるべきなんですか?
Posted by 司令長官 at 2006年10月24日 22:55
何と言うか左翼氏の考え方は「ナイフは危ないから持たせてはいけません」の理論と変らん様に見える。
特定の人物・物事を排除したところでモノの在り様を変えなければ、代用品の登場や首の挿げ替えがあるだけだ。逆に言えば世の在り様を変えれば、制度に頼る必要も無い。国民が健全たれば良いだけの事。天皇家の存在は何の障害にも成らぬ。むしろ文化の守護者として国家の貴重な財産だ。
Posted by TOM(薩摩製) at 2006年10月24日 22:08
この件が繁盛しているとは知りませんでした。
コメントを全て読んでいませんが、戦前を「日本が軍によるファシズム体制」と言っている人は、「軍隊による統治をファシズム」と勘違いしているかもしれません。
「軍隊による統治」といえば、先軍政治の北朝鮮や、中国共産党と中国人民解放軍の両者一体の中国も、ファシズムという事になります。
sayoku?氏は、どこかのプロパガンダに洗脳されて、判断力が低下しているのではないでしょうか?
Posted by とおる at 2006年10月24日 21:31
さっそく、カルトバンクがぶち上げましたな・・・
朝鮮人企業カルトバンクをのさばらせてはならない。
Posted by 憂国防人 at 2006年10月24日 21:23
sayoku?さん
>結局は憲法違反を犯さざるを得なかったことは認めていますよね…

いいえ、認めておりません。戦局の行き詰まりを打開するは一に政府に於いてなすべきことであり、天皇の責務ではありません。降伏か戦争継続かの決断が出来なかった政府こそ憲法の規定する天皇不親政の原則に違反したるものであることは明白です。何を以て陛下の責任と言われるのか理解に苦しみます。
Posted by あきら at 2006年10月24日 21:15
怒る小市民さんの御意見は伺いましたが、sayokuさんのご登場がないのは何故かな?
Posted by 戦後教育を悲しむ at 2006年10月24日 21:13
 戦前・共産党が弾圧されたのは「暴力で社会を転覆する!」と唱えていたからで、このような破壊集団を弾圧しない方がおかしいと思います。
 
 アメリカはケネディが公民権法案を通すまで黒人は白人と同じバスに乗れませんでした。
 フランスはアルジェリア戦争まで拷問をやっていました。
 スイスで婦人参政権が認められたのは1971年のことです。
 中国・北朝鮮ではいまだに普通選挙が行われていません。

 だから
 私は日本こそが世界で最初に完全な民主主義を達成した国であると思います。
 ゆえに
 左翼・共産主義者が戦前をファシズムなどと言うのは笑止千万であると思います。
Posted by 柳生すばる at 2006年10月24日 21:06
>耶蘇さん、また他の皆さん
このエントリ、共鳴するところが多いですな。私達は昭和23年に旧制中学から新制高校へ、無理矢理替えさせられました。
あの頃は価値観も多様。アメリカ文化への憧れ、それに反発するソ連マルキシズム、日本のこころをというナショナリズム、混沌とした懐かしい時代。ただ占領下だったから、「反米」は強くなかった。大体「徳球」すら、アメリカ軍を解放軍と賞賛した時代。その後、ソ連が洗脳した抑留者を優先的に帰国させ、反米意識を掻き立て労働組合中心に植え付けていったのですよ。
私は本当に望みたいね。今、日本人が、主体的に、我が国はどうあるべきかを考えていただきたい時期ですね。今後の、不透明な社会にはっきりした考えを持って臨んでいただきたい。老い先短い年寄りは本当に望んでいますよ。
Posted by 戦後教育を悲しむ at 2006年10月24日 21:03
それはカエサルのものはカエサルへ、キリストのものはキリストへの西洋から見れば、日本のたった今伊藤博文によって祭り上げられた皇帝など、外からは西洋の皇帝と同じですが、当の日本人にすれば、今まで京の都で和歌を創っていた人が皇帝といわれてもぴんと来ず、所詮あの世とこの世の境がはっきりとしない国民性も有って責任を全て押し付けてしまったのが、1945年敗戦だと思います。これはいくらなんでもひどすぎます。そもそも明治期の権力者に無理があったのが、原因していると思います。天皇は単に担ぎ出されたと見るのが正しいと思います。
Posted by カー公 at 2006年10月24日 20:45
>怒る小市民さん

 いろいろとご教示ありがとうございました。
Posted by 中凶殲滅 at 2006年10月24日 20:37
 イヤー参った、お盛んですね。よくついて行けませんが、私が考えている天皇とは。生意気ですが述べてみたいと思います。かって天皇家は古事記を守る家元であり、古事記は古代インドウパニシャド哲学のヒダノアレイ語り部による日本語バージョンだと瀬戸さんのブログに書きこしました。そもそも天皇家は見えない世界の総本家で、見える世界つまり経験世界とは全く別物だと考えます。いってみれば見えない世界と経験世界を繋ぐミッシングリングの役目を果たしているのが天皇家だと思います。それゆえ尊く、大事にしなければならないものなのです。それは世界に誇れる日本人のIdentityだからです。明治期西洋に真似る為天皇家を見える世界の長に強引にさせました。伊藤博文だと思います。ここに無理があるのですね、見える世界と見えない世界をはっきりと分ける西欧。続く
Posted by カー公 at 2006年10月24日 20:32
オマケ(反日思潮の起源)

教師だって変わりはありません。
昭和32(1957)年に私は高校を卒業しましたが、中学、高校の6年間、日本を悪くいう教師に出会ったことはありません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これが一変します。
それは、朝日新聞をはじめとするマスメディアが、日中国交回復が取りざたされる1970(昭和45)年頃から、日本軍糾弾を始めたことによります。

「加害者」とされる日本側から、全然ウラ付けを取らないままに書きまくりました。
学者、文化人たちの多くもこれに追随したのです。

これにより、日本軍=悪という見方がしだいに国民の間に浸透し、かつて私たちが持っていた自然の感情を追いやったのです。

http://blue-yellow.at.webry.info/200610/article_1.html
Posted by 耶蘇 at 2006年10月24日 20:20
補足

負ける事が理論の前提となつてゐる理論といふのもねえ(笑
Posted by 耶蘇 at 2006年10月24日 20:15
日本が、もし「大東亞戰爭」に勝利してゐたら…
その「天皇制ファシズム」とやらの評價は、どうなるのでせうか?

是非、御うかがひ致したい(笑
Posted by 耶蘇 at 2006年10月24日 20:12
怒る小市民さんへ
こんばんわ、いつも有り難う御座います。
このsayoku?さんは、根っからの左翼論者とは思えません。しかし、皇室への尊敬の念も薄く、また憲法の規定からの削除に至っては、もう徹底的に反駁する必要を感じました。明日はその問題に触れたいと思っています。

マルさんへ
初めまして、いつも有り難う御座います。
>草木の一本に至るまでみたまを認め・・・・・
かつて左翼の著名な人は、草木の一本に至るまで天皇(制)が宿りーと表現しました。これは日本の全てに渡り天皇(制)が深く結びついていると言うことでしょう。日本と支那は多くの共通項がありますが、皇帝と天皇の間には大きな相違点があります。今度触れてみたいと思います。
Posted by 瀬戸弘幸 at 2006年10月24日 19:58
私は天皇を、先祖を神として祭る日本国民の祭祠代表と捉えています。
儒教に仏教を取り入れた中韓人は、同じ民族・国民同士でさえ他人を敬い認める事をしない利己的・独善的な精神構造を持つ。
神道に支那仏教を取り入れた日本人は、草木の一本に至るまでみたまを認め、命を大切にする勤勉で真面目な国民性を守ってきた。
日本人は宗教を持たないのではなく、当たり前に霊魂の存在を信じているから信仰している自覚が無いだけ。
日本が建国2000年間他民族の支配を免れ他に例の無い歴史を持つのは、天皇制を含めた完全に近い宗教を作り上げ守ってきた日本人の知恵ではないかな。
Posted by マル at 2006年10月24日 19:43
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。

わざわざ小生ごときの拙い論戦を、一度ならず二度までエントリーを立てて戴き御厚情には感謝の言葉もございません。
小生、sayoku?氏の意見を全てを否定するものでもないですし、寧ろ納得させられる論もあるのですが、先の大戦に於ける皇室への責任追及など絶対に受け容れられませんし、皇族方の皇籍剥奪と宗教法人化なぞ言語道断。決して譲れぬ一線です。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:41
>>ただ現実を踏まえながらの理想であれば、掲げる価値があると思いますよ。(人それぞれです)
人それぞれの意見については同意する。但し、皇室宗教法人化論は、現実を踏まえた理想とはとても思えない。


以上。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:16
(承前)
保守とは自国の国益を第一とする考え、対してリベラルとは、主として国内の弱者を救済するを一義とする考えであろう。福祉を充実させるには先ず、国力を養わねばならぬは道理。金満国家なぞ一部アラブ諸国を除けば存在しない。殆どの国が逼迫する財政に喘ぐ中、国力の充実を図る保守に支持が集まるのは自明の理じゃないのかね?

>>共産主義の衰退によってその地域の人たちの中に食べられる人と食べられない人が出てきたからです。
共産主義の頃には、満足に食えない者“ し か ”いなかったからね(笑)。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:15
>>リベラルが衰退というのは実感できませんね。
おや、そうかね。日本は説明するまでもなかろうが、他国でも保守勢力が台頭する趨勢は明らかなんじゃないのかね?。例えば先般、次の首相選挙には出馬せぬことを表明した英国のトニー・ブレアは、ブッシュの盟友としてよく知られているが、彼の所属は労働党。元来リベラル政党であるにも関わらず、ブレアは保守路線を推進した。英国民が失態続きの海外派兵に懲りたからといって、大戦前のアメリカのように、自国の国益のみに汲々とする内向きな保守化へ舵を取るだけだろう。即ち、本来の保守政党である保守党が政権を握って。アフガン・イラクの両国での戦争が、米英の国民の支持を失いつつあるのは否定せぬが、かと言ってリベラル勢力が反戦平和のお題目を唱え、世界的な民族主義の潮流を抑止できるとも思えない。
(続)
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:14
>>ご理解いただけなかったでしょうか。
見解の相違を理解できないと判断するのは少しばかり傲慢だと感ずるが?
インドやパキスタンの例を見てわかる通り、世界の国々は国益と云うエゴイズムで動いている。再三の恫喝を受け、核実験後は囂々の非難を浴びながら、印パ両国は国際情勢の都合(多分に米国の都合だが)によって、制裁を解かれている。君のパラノイアックなまでの悲観論はレスのやり取りをしてよくわかったが、仮令、一時期の制裁が科せられたとしても、国際情勢の変化であっさり覆るものだ。その気になりゃ、日本の核保有も既成事実化するに、さほどのデメリットはなかろう。核保有を禁止する絶対的な枠組みが存在していない現状では。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:13
>>つまりどのように日本が武装したとしても北朝鮮から攻撃を受ける可能性は変わらないのでは?
極論すれば北朝鮮の要求は、「金王朝」を存続させること。独裁者が己の延命のためになりふり構わず足掻いているに過ぎぬ。ならば話は簡単。要求を呑むか、これ以上怒らせると延命どころでは済まない事を豚男に警告すりゃいいだけの話だ。前者はとても受け容れられぬ。従って後者の途をとる以外にない。日本の核保有も一つのプランだ。そして、これは小生の個人的な案だが、金王朝の主だった者の首に日本が賞金を賭け、且つ実行者の生命に保証を与えれば良いと考える。豚男には、こう付け加えるのもいいかな?。「もし核兵器でも使用し日本に多大の犠牲者がでたならば、金正日よ、一家眷属の悉くは普通の死に方を望まぬ方がよい」とね。
鬼畜の如き独裁者でも想像力ぐらいはあるだろう。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:12
>>では冷静な判断力を失わせたのは偶然にも戦勝が続いたからだけだとお考えですか。
よく読みたまえ。小生は、
>>>それ以外にも理由はあるだろうが、各国の様々な思惑が絡み合って日本は戦端を開き、そして敗北した。
と見解を述べている。あきらさんの仰るように「それまでの汚職や疑獄事件、また農村の疲弊により政党への不信感が軍部への期待になって行ったんです」と云うのも事由のひとつであろう。小生は君に問われて、パッと思い付いた理由を述べただけのこと。驕りだけが全てとは申しておらぬ。

>>怒る小市民さんに指示されてするようなことではないですねぇ。
もとより“指示”したことなど毛頭ないが?(笑)。好きにしたまえと言っただけだよ。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:11
>>その結果再び先の大戦のような過ちを犯すのであってもそれが民意によってあればその責任を国民が受けるだけです。
ならば、皇室があろうがなかろうが問題なかろう?。先のタイの事例でも触れたが、これからの皇室は寧ろ、日本が過ちを繰り返さぬための権威として有効なんじゃないのかね?


>>なぜその権利を失ったのかを考えるのが先でしょう。
予め明言しておくが、以下の文は開き直りではない。じゃあ、どうすりゃよかったと?(笑)
日本は西欧列強に屈服し唯々諾々と要求を呑めと?。日本が這い蹲って米国他の欧米人の意に従っていりゃ、日本は今頃、常任理事国で核兵器を保有し(ry・・・だったと?。
日本が戦わずして、堪え難きを堪え、忍び難きを忍んでいたら、少なくともこれだけは言えるんじゃないのかな。地球の未だ広大な領域が西欧諸国の植民地だっただろうと。君の理念とはそういうものかね?(笑)
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:11
>>文章が長すぎてコンテクストが読み取りきれなかったのでしょうか(笑)
度々の皮肉を有難う(笑)。
>>日本人の中に根づく天皇に対する絶対化の意識としましょう。
先に述べた通り、社会体制・制度には表裏がある。皇室制度の“裏”つまり、ネガティブな側面のみを殊更にあげつらって、“表”のポジティブな効用を矮小化するのは如何なものか?
現代は戦時下と異なり天皇家を絶対視するも、無用と考えるも個人の自由だ。君は負の面ばかりを強調したがるが、皇室がいかに日本人にとって精神的支柱として重要であり、且つ国際社会に於ける日本の地位に多大の貢献をしているか、考えるに及ばないのかね?
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:09
とりあえず、
「ナショナリズム(国家主義)」と「パトリオティズム(郷土愛)」は分けて考えたほうが良いですよ。
日本ではなぜか「ナショナリズム」一本ですが。
Posted by しわよせん at 2006年10月24日 19:09
(承前)
それと日本と同様に国王を戴くタイで、先般、軍事クーデターが発生したが、軍が国権を掌握するのを解消させたのはプミポン国王が命じたからだ。この一件はタイのように皇室への崇敬の念が篤い日本にも、示唆を与えてくれるんじゃないのかね?。仮に日本で自衛隊がクーデターを起こした場合、今上陛下の御言葉に逆らう者がどれほどいようか?
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:08
>>多くの人命を犠牲にする必要があったのかと。
当時、勝敗の帰趨が既に決しておった時点に於いても国民へ情報の開示がなされなかったのは、軍が己の判断によって戦端を開いたことを認識し、引っ込みがつかなくなっていたからだろう。勿論、戦争終結を遅滞させたことの責任は全て軍に帰する。だが君は皇室を奉戴した日本に於いて、その権威が利用され軍の専横を許したことを以って責任の所在を拡大解釈し、皇室の責任を追及しようとしている。小生の精神を云々して皮肉るのも結構だが、その論は見当違いも甚だしいと申しておるんだがね?
(続)
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:07
>>国家が一致団結するとその手段としてナショナリズムが利用され多くの障害が生まれます。
逆もまた然り。国民が一致団結することで、国民が個々に対処するのとは比較にならぬほどの効率で、未曾有の国難を斥けることも可能な場合もある。例えば、阪神淡路大震災といった自然災害の発生に、全国の有意の善意が寄せられた。皮肉なことに、被害を最小限に食い止められず、徒に犠牲者を増加させてしまったのは、憲法解釈の自己満足的な原則に拘り、自衛隊の出動や他国の救助申し入れを足止めした村山富市と云う国賊である。故に小生は左翼(君のことではないよ)を決して許せぬのだ。
話が脇道に逸れてしまったが、ナショナリズムにも功罪があるのは君も同意できるだろう?
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:06
天皇家をファシズムと言う方はもう一度歴史教科書を読み直して下さい。
天皇家のせいで戦争は起きましたか?
日露戦争はロシアから攻めてきました。
大東亜戦争は日本が先に手を出したとは言え、アメリカが戦争に仕向けました。ちゃんと、歴史検証をしてから発言して欲しいです。
Posted by 司令長官 at 2006年10月24日 19:06
ぶっちゃけた話、立憲君主制国家でファシズムが盛り上がるわけがない。
普通それは「絶対王政(帝政)」とか言うのだ。
Posted by しわよせん at 2006年10月24日 19:05
>>歴史を批判的に検証することには意味がないとおっしゃるのでしょうか。
一言もそのようなことは言ってはいない。
>>結果的に国民の利益にならなかったシステムについて検討し改善しなければ歴史を学ぶ意味がないのでは?
検討は必要であろうが、現行の皇室のあり方を“改善”する必要を全く感じない。同じ轍を踏まぬように政府と国民が肝に銘じておればよいこと。軍が暴走し政治までを牛耳ったのが問題なのだから、皇室廃止などと云う異次元的な改善をせずとも、現状を維持しシビリアンコントロール徹底させるだけで事足りると思うがね。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:05
>>国民に対しての道義的責任はあると考えます。
先帝陛下の御自覚は、戦争責任を認めたと云々ではなく、慙愧の念に堪えぬと表明なさったと云うことだろう。第一、陛下の御意思で開戦に至ったのではない。加えて言うならば、あきらさんの仰るように終戦の御聖断も超法規的措置だ。先帝陛下は極めて常識的な御人格であらせられたと伺っている。仮令、戦局に深く御心を痛められていたとしても、御自ら法を枉げるようなことをお考えになると思うのかね?
結果的に多くの国民に多大の犠牲を強いたことに自責の念を抱いておられたのは拝察するが、だからといって法による責任を問えるとでも云うのかね?。珍妙な理屈だね。道義的責任を問えるか否かについては、小生もあきらさんの意見と同じだ。左右には越え難い意識の隔たりはあるものの、君が言うように、お互いの共通認識を持つのは困難だろうね。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:04
(承前)
君自身が以前のレスで示したように、君が皇室廃止論者でもないし、皇室が現状のままだったら結構だと仰るんなら、それでいいんじゃないのかね?。皇室の宗教法人化は、「欲を言うならば」の意見だろう?。小生は死んでも与しないが、一つの考えとして伺っておこう。君が国民の総意に基づいて理想を実現したいのならば、君が支持する民主党が大躍進できるようせいぜい応援し、尚且つ皇室廃止をかの党の党是とするよう運動したまえ(笑)。これでこの議論は決着を見たと思うが?
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:03
>国民から絶大な信頼を得ていたにもかかわらず、責任を取れない立場で政府に無用の信頼と権力を与える役割だけを担ってきたことに問題があります。
国民よりの絶大な信頼を得ていること自体は誇るべきことと思っている。問題は皇室の権威が一部の者、この場合は軍に牛耳られた翼賛体制化の日本に利用されたと云うことだろう?。再び繰り返されてはならないとする意見には、小生とて異存はない。小生が君に噛み付いているのは、過去に皇室の権威が利用されていたからといって、再び同様の事態が招来するのは必至と云う過剰な危惧を前提とした、皇室廃止論を展開している点についてだ。
(続)
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:02
>sayoku?氏
君は、ならばウィキによるファシズムの説明を共通認識とすべし、と提案しているが、そのウィキにも、特定の体制をしてファシズムを明確に規定することは異論が多い、といった旨の記述がある。よって、一定の特徴や方向性は見出せるものの、漠然とした解釈を“定義”とすることには承服しかねる。
君はこの先の議論を進めてゆくに当たって、共通の認識を前提に論ずべし、と云うことなのだろうが、小生の「あれは絶対にファシズムではないんじゃ!」(笑)とする考えを、君自身が認めると云っておるのだから、ならば個々の事象の是非をそれぞれに論ずればいい話ではないかね?。例えば、情報統制なら情報統制、強権的な取り締まりなら取締りを。君がファシズムと云う字面に執拗に拘る理由が理解できん。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:01
(承前)
それと小生のブサヨの解釈は寧ろ、「サヨク」により近いようです。これは小林よしのりの「ごーまにずむ」より派生した語彙らしいのですが、小生が述べたブサヨの説明にほぼ合致する。では何故、誤解があったのかと云えば、2chではサヨクもブサヨも混同されて使用されている、との説明があるのですが、これが原因でしょう。
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:00
>中凶殲滅さん
小生がブサヨの謂いを初見したのは、とある2chの過去スレを覗いていた時だったと思います。それ以来ブサヨの意味は上記の説明で語ったような認識だったのですが、今回、気になって調べ直してみました。ブサヨは当然、手持ちの辞書には記載されておりませんから、「2典puls」、「はてなダイアリー」、「通信用語の基礎知識」を参考にしています。
纏めるとブサヨクの略語であるのは一致するのですが、左翼に限らず「左翼思想者」全般を指し、テロリストでもあり、反戦平和運動などの市民活動家であり、精神的にブサイクであるからそう呼ばれているとも書いている。つまり解釈はまちまちで、極左過激派からリベラル趣味者までの、「広義の左翼全般」と云う意味にでもなりましょうか。定義付けが確立しており誰も異存のない事柄なら兎も角、小生が特定の辞書による定義付けに否定的なのは、こうしたことが往々にしてあるからです。
(続)
Posted by 怒る小市民 at 2006年10月24日 19:00