日経「捏造報道」その��
日本経済新聞社からの回答文書
ようやく日本経済新聞社から私、『極右評論』ブログ主宰・瀬戸弘幸殿として、8月30日付で質問に対する回答書が来ました。内容については極めて短い文章で、具体的に回答したものではなく、日本経済新聞社側の見解に過ぎません。
しかし、今回の質問書に日本経済新聞社が文書において、回答を寄せたことは、インターネットにおける報道や主張に対して、既存のメディアが無視することが出来なくなった現実を示しています。
私は質問書の中で、この質問は私一人の質問ではない、として多くのネットを利用する方々の声をお伝えするとしました。なお、質問は10項目に整理して送付しております。
日経への質問状
これに対する日本経済新聞社の回答は極めて短い文章である。それをこれから紹介しましょう。
拝啓 時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
当社は、貴殿の平成18年8月2日付の「質問状」につき、以下のとおり回答します。
1 当社は、「富田メモ」につき、歴史家の意見などを聴したうえで十分な検証を加えており、その信憑性に関しては揺るぎない確信を持っております。
2 当社は本年5月に「富田メモ」を入手し、上記の検証作業を行なった上で、現代史を探る資料の発掘を主眼としてすみやかに報道したものであり、もとより政治的意図などはありません。
具体的な質問箇所に対する回答は一切避けており、ただ「回答書」を出したという、それだけの意味しかないものだ。しかし、具体的に期日だけは「本年5月に富田メモを入手した」と記述されている。
実は日経新聞社は質問に対する文書での回答はしない方針だ―という話が漏れ伝わってきたのは、先月の20日過ぎの頃でした。こちらは「日経捏造報道」としてキャンペーンを張っており、それは十分考えられることでした。
そこで一計を案じたのです。それが次の二つ目の文書です。
日本経済新聞社
代表取締役 杉田亮毅殿
私は平成18年8月2日付で、貴殿に対して、質問状を送付した者です。期限を設けていなかったために、未だにご検討中なのか、或いはお忘れかも知れませんので、本日ここにまた回答を頂きたく、催促の文書を送らせて頂きました。
前回の質問に加えるべきものは、ありません。ただ入手時期について、明確にお答え下さい。
と申しますのも、貴紙の7月20日付の新聞やその後の紙面を見ても、この日記とメモがいつ頃貴社が入手したか、明らかにされていないように思われたからです。
もし、既に紙面で明らかにしておられるならば、それは私の見落としですので、申し訳ございませんが、その紙面の期日をお知らせ願いたいと思います。
平成18年8月25日
東京都千代田区外神田2−13−3竹屋ビル2F
瀬戸弘幸
実はこの「富田メモ」を入手した期日を朝日新聞社の「アエラ」は昨年末と一旦は報じておきながら、その後これを訂正し、今年5月であるとの記事を載せていた。
また、日経新聞も「アエラ」への記事の訂正を求める主張を掲載したようだとのお話を聞いていました。そこで、「私は見落としているかも知れないので、お知らせ下さい」と書いたわけです。
日本経済新聞社もそれには素早く反応して、次のように付け加えてきました。
なお、貴殿指摘の「アエラ」報道につきましては、当社より同誌に訂正を申し入れましたが、8月7日号の同誌にて「富田氏の妻が日経新聞の記者にメモを渡した時期について『昨年』とあるのは、『今年5月』の誤りでした」との訂正記事が掲載されていることを付記します。
予測した通りの素早い対応ではあったが、肝心の「アエラ」で指摘した最大の疑惑である次の点には沈黙したままだ。
「昨年秋ごろ、日経新聞の記者が久しぶりに自宅にやってきた。懐かしさも手伝って、一周忌のCD‐ROMを見せ、日記の現物と自分も読んだことのない『輪ゴムのメモ』を手渡したという」
「今回の昭和天皇の発言はこの中にあった」 以上
メモは日記に張り付いていたとして公表されたが、「アエラ」の記事はそのようには書いていない。そして、この件に関しては日経新聞社は抗議も訂正も求めていない。そこで次のように質問しました。
この文章によれば、メモは張り付けてあったのではなく、「輪ゴムでまとめてあった」と連想させる記述となっておりますが、貴社の記者が故富田氏の遺族からお預りした時はどのような状態であったのでしょうか?
しかし、この点については何も答えていない。
―とするなら、結論は一つしかない。輪ゴムで止めてあったメモを、日経が勝手に日記に張り付けたのである。これが捏造でないとしたら、どのように申し開きするのであろうか。
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