川崎市は川崎市の市民の人権を守れ
川崎市のヘイト条例とは
これが川崎市の正式な条例です。
川崎市では、全ての市民が不当な差別を受けることなく、個人として尊重され、生き生きと暮らすことができる人権尊重のまちづくりを推進していくため、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」を令和元年12月に制定しました。
ーというものです。
昨日紹介し、カメラマンの谷地中忠彦さんに対する石橋学の記事はどうなのか?
ヘイト、ヘイトスピーチ、差別主義者と書いていますが、その根拠はあるのか? いつも石橋たちはヘイト街宣やめろ!などと詰め寄り妨害します。
この街宣には川崎で差別を活動家谷地中氏も姿を見せ、この活動が『政治』ではありえないことはその存在でも明らかだ。谷地中氏は撮影した差別動画をインターネットで拡散し、ヘイトスピーチを拡散していることでしられる。
現場で抗議する市民を追いかけまわし、噛みついたりの暴力沙汰をくりかえす。
マイノリティの女性の姿を盗撮して・・・」
この記事です。
本当に誰を差別しているのか?
ヘイトスピーチを拡散しているというが、いつ、どこで何をいったのか?
私は川崎市民ではないが、いつも書かれてきた。
この川崎市の条例は、男女共同参画室が担当している。条例には人権尊重街づくり・・・とある。
いつも人権を無視されているのは在日朝鮮人のほうではなく、日本人です。近くこの問題で川崎市にこの問題の本筋を伺い、そして私達をレイシスト呼ばわりする人間を民事で訴えることにしたい。
以上
告知
この碑の慰霊碑の墓参を明日、日曜日、現地で行ないます。
飯坂インターの近くにあるヨークベニマル平野店駐車場
正午12時半までにお集まりください。
過去のブログより、4月4日
5月下旬、『世界戦略研究所』の初合宿を福島で開催
尼港事件、広瀬中佐の墓標を参拝


昨夜、福島に戻りました。ようやく東北新幹線が福島駅まで開通しました。今回紹介するのは尼港(シベリアのニコライエスク)で日露戦争後に起きた日露の一つの悲劇です。
大正時代に遡ります。この尼港に住む日本人民間人を含む700名が赤色パルチザンによって大虐殺された事件です。当時この地を守っていた守備隊長がこの写真にある福島出身者の石川中佐です。
私は23歳の時からこの碑の存在を知り5月に詣でてきました。この事件は5月24日に起きましたが、碑の裏には5月という文字が見えた。
記憶違いでなければ建立されたのが5月の日であったので、毎年5月の下旬には花を飾り墓参りをしていた。
実はこの碑は世界戦略の表紙にあるものとは場所が違う所にあった。立派な碑であり、東北自動車道路の飯坂インターの折口(入り口)にそびえていた。
ところが、いつの間にか消えてしまった。道路工事で撤去されてしまったと考えてもう何十年も忘れていた。しかし、今回この雑誌を見つけその行方を探したら、近くのお寺の墓に移動されてあったのを見つけた。雑誌にも2回ほど連載した。
しかし、当時資金不足のせいか、第三号で終った。資料を集めて書くことが無理になったのかもしれません。しかし、この取材した記事を今度の合宿までは小雑誌として作り上げたい。
Amazonで検索すると何冊かの本がでていた。どちらも新しい、おそらく私が最後まで書いていれば一番古い本として世に出せたと思う。







